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のんびりしたブログですがよろしくお願いいたします。

やまと まほろば

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やまとまほろば

  新年おめでとうございます
 本年も皆さまにとって輝かしい年でありますように
   お祈りいたします。
 
     ご挨拶が遅くなりました。今年もゆっくり歩んでいければと思います。
       ご厚情、お付き合いをよろしくお願いいたします。
 
       ★★★★★★★★ ★★★★★★★★ ★★★★★★★★
 
日本の原典〜古事記物語〜 (番外)
昨年、2013年は古事記編纂1300に当たり、古事記に関するいろんな記事を目にすることが多かった。古事記を否定的に捉えているものもあったが、多くは高く評価されるもので嬉しかった。正月休み、それらを読み返し古事記はやはり素晴らしいと高揚する思いと、新年の清清しさと共に日本人であることに誇りを持った。
今年も丁寧に古事記を紐解いていきたい。
 
そんななか感銘を受ける記事があった。私が父から聞いていた話、そして父の願いが書かれているような記事だった。
梅原猛(哲学者)先生の記事を恐れ多いこととは思うが転記したい。
 
 「今年は『古事記』編纂一千三百年にあたり、全国各地で『古事記』にちなんださまざまな事業が催されているが、日本の学校教育において古事記神話はまったく教えられていない。それは、戦後の日本史家が津田左右吉の説を絶対の真理としたことが原因である。(略)
津田は中国の史書に照らすと『古事記』及び『日本書紀』における応神天皇以前の記事は信用し難く、とくに日本神話などというのはヤマト王朝を神聖化するためのまったくのフィクションであるとした。マルクス主義の影響を多かれ少なかれ受けた戦後の日本史家は津田を高く評価し、津田説に従わないものはすべて反動史観として非難した。私は四十年前、津田説を激しく批判する一文を発表したが、古代史家から総反発を受けたのである。(略)
古事記神話はたとえばギリシャ神話やユダヤ神話と比べればはるかに平和的でロマンチックである。(略)このような神話を学ぶことによって子どもたちは平和で夢のある日本の国を愛するようになろう。愛国心教育が叫ばれているが、まず子どもたちに日本神話を教えることから始めなければならない。(略)」
 
そうだ、子どもたちにもっともっと『古事記』を話してやることが必要と意を強くした。
 
天照大御神をお祭りする伊勢神宮は、20年に一度の式年遷宮を迎え、大国主命をお祭りする出雲大社は60年ごとの遷宮を迎える。奇しくも今年それが重なる。
 
 古事記を抱えて初詣に伊勢神宮に参らせていただいた。誕生日に参拝した。秋には出雲大社に参拝したい。そして古事記を丁寧に読み返したい。孫に語ってやりたい。今年の目標だ。
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沢山の参拝者に驚く。若い人が多いのが嬉しい。
 
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参拝の行き帰りは整然としていた。
第62回神宮式年遷宮の「宇治橋渡始式」が、平成二十一年十一月三日に執り行なわれている。
http://blogs.yahoo.co.jp/hanahitohira06/49307517.html 父を想い古人を想い一歩一歩進ませていただいた。
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五十鈴川の水流はとても綺麗だ。
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国旗が清清しくはためいている。
 
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拝殿前は凄い人出。 
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おかげ横丁で「神恩太鼓」が打ち鳴らされていた。すごい迫力だ。
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12月20日に生まれた孫のお土産に七福神のお手玉を買った。
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伊勢神宮はとても広い。
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参拝記念切手
 
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雄雄しい菊と健気な野菊。菊の花は気品がありますね。
 
 
 
日本の原典〜古事記物語〜 (10)
八雲立つ出雲
 
前回、須佐之男命は八俣の大蛇の尾から出てきたどんなものでも切れる見事な輝きを持つ、十拳剣を自分のものにしないで「無事に退治できたのも天照大御神の守り、父の伊耶那岐命、母の伊耶那美、そしてたくさんの神々の守りがあったから」と感謝の気持ちと、高天原で随分迷惑をかけたお詫びに天照大御神に献上されたのでしたね。あの暴れん坊でどうしょうもなかった須佐之男命が英雄になり、美しい妻も得ることができたのです。駄目だからと捨ててしまわない。再生と復活。そして感謝の気持ち。これが日本古来の精神でしょうか。古事記はそうしたことも伝えてくれているのです。
 古事記は上中下巻の三巻からなります。上巻(神代の巻)は、宇宙の始まりから日本の始まり、そして古代の人々の生活、習慣、智恵など、普遍的なものまでが描かれ中巻(人世)、下巻(天皇記)と進み、本という国家の成り立ちだけなく、神々から天皇を中心とする、人々の喜怒哀楽が凝縮されている一大物語となります。そしてそこには日本人としてあるべき姿、(大和民族の心)が溢れるように綴られいるのです。1300年も前に記さていたとは素晴らしいとしか言いようがありませんね。   
 
ブログでの「古事記物語」は、稗田阿礼さまが平成の現代によみがえって語りかけて下さる、そのうえで古事記の原文を忠実に現代語訳したものではなく、記述にのっとりながら自由に内容をふくらませ、私なりの思いで表現させてもらっています。
歴史を知るということはその中の一滴になれることです。そしてその一滴はどれだけ日本の史実を正確に知り、日本人として進むべき道標を教えてもらえることではないでしょうか。
 古事記はその思いを呼びおこすものだと思います。物語としてだけでなく、歴史の中に入って一緒に楽しみましょう。
 
  八雲立つ出雲 須佐之男命と櫛名田比売
 
 夫婦になられた須佐之男命と櫛名田比売は新婚生活を送るのに新居探しを始めました。須佐之男命は櫛名田比売の育った風光明媚な出雲が大好きになりまし
た。須佐之男命はこの地に永がく住むことに決め、天津神(あまつかみ)である自分達がこれから地祇(くにつかみ)として住むにふさわしい御殿をこの地に建てようと、土地探がしをされます。草や木にも親和感が湧きます、猛々しいかった須佐之男命の顔には、.なごやかな微笑みが絶えず浮かんでいました。傍らには美しい櫛名田比売がしっかりと寄り添っています。まるで威風堂々とし気品のある大輪の菊に寄り添う可憐な野菊のようでした。太陽も、空気も、水も、土も天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)の生命に溢れていました。天照大御神の慈愛を深く感じとても幸せな新居探しでした。

 急に目の前がひらけ、一段と美しい風景が広がりました。須佐之男命と櫛名田比売は思わず足をとめ、その大自然の神々しく美しい姿に見とれました。
「私は、ここに来て、とても心の中がすがすがしくなった。ここに決めよう」須佐之男命が言われ、櫛名田比売も大きく頷かれました。
雲が立ち上がります。それを見て須佐之男命は歌を詠みました。
 
八雲(やくも)立つ
 
出雲八重垣(いずもやえ.がき)
 
妻籠(つまご)みに
 
八重垣(やえがき)作る
 
その八重垣(やえがき)を
 
(深い谷間からは、霧が立ちのぼり、幾重にもかさなる山脈(やまなみ)は遠くかすみ大きなきな樹木の中に調和して御殿が見え、清い谷川の水は、涼しげにせせらぎ、四季それぞれの美しさと、朝夕の素晴らしいさを眺める、ここでの生活を思ってみただけでも満ち足りた喜びが溢れてくる)
と、宮殿をお建てになりました。
  稗田阿礼さまのお声が聞こえます。このお歌は、五・七・五・七・七という和歌の形をとった一番古い歌です。この時から日本人は、生活や風景の中に、神とともに神の子として生活する感激を歌いながら自分の生活を深めることになったのです。見晴らしの良い土地、そこは大地から目に見えないエネルギーが吹き出している神聖な所です。自然と共に暮らしていた古代の人々は、このような場所を直感で感じることができ、そこを聖地として後々代々大切に守っているのです。その場所が神社や鎮守の杜となって日本の各地にたくさん残っています。パワースポットと言われるものかも知れませんね」

そして足名椎神を(櫛名田比売の親=八俣の大蛇で出てきましたね)「あなたは、私の御殿の長老(おさ)になって下さい」と、お呼びになって、みんなで幸せにお暮らしになりました。
 この宮殿で、須佐之男命と櫛名田比売は次々に子供をお生みになられました。その子供に子供が出来、その子供に子供が出来・・・・・・
そして、そのなかの一人があの大国主神(おおくにぬしのみこと)ですね。須佐之男命の子孫になられます。 
 ここで少し神様の復習をしておきたいと思います。
須佐之男命と櫛名田比売との間に生まれた子どもは八島士奴美神(やしまじぬみのかみ)と言い、出雲の土地神となり子孫も繁栄し、末永く幸せに暮らしました。
それとは別に須佐之男命は他に、おおやまつみの娘「かむおほち姫」とも結婚され「大年の神」「宇迦の御魂の神(うかのみたまの神)」を産んでおられます。
少しややこしくなってきます。須佐之男命と櫛名田比売の子どもの、八島士奴美神は、おおやまつみの娘「このはなちる姫」を妻にして「ふはのもぢくぬすぬの神」を産み、「ふはのもぢくぬすぬの神」が、「ひかは姫」を妻にして「ふかふちのみづやれはなの神」を産み、「ふかふちのみづやれはなの神」が「あめのつどへちねの神」を妻にして「おみづぬの神」を産み、「おみづぬの神」が、「ふてみみの神」を妻にして「あめのふゆきぬの神」を産み、「あめのふゆきぬの神」が「さしくにわか姫」を妻にして『大国主の命』を産みました。
たくさんの神様の名前が出てきます。古事記はこの神様の名前に疲れて、読まない人も多いようです。ほんと疲れるかもしれませんね。
 でも妻以外の女性や従兄弟やと、、これって人間界にもよくあることですね。こうやって脈々と子孫が続いているのだと思うと、面白いです。(疲れる人はこの部分は飛ばして下さい。)

 さあ〜〜いよいよ須佐之男命から数えて六代目『大国主の命』(おおくにぬしのみこと)のお話が始まりますよ。

        この
続きは   またふることに云ふ
 
(追記)須佐之男命は出雲の八重垣神社、紀の国(和歌山)の熊野本宮大社、そして祇園祭で有名な京都の八坂神社にお祀りされて、日本中に疫病が蔓延しないように守って下さっています。

 


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櫛名田比売のように優しく可憐にコスモスが咲いています。この花は強い花でもありますね
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真っ赤なベロのようなケイトウ、真っ黒な種、いろんな花が楽しいですね
五穀の起源。須佐之男命 八俣の大蛇
 神々の知恵と奮闘でまた光が戻りました。天の岩戸を日蝕と重ねる人もいますが日
蝕を題材に物語を記しても、古事記ほどの迫力と面白さは描けないでしょう。古事
記は「凄い」としか言いようがありませんね。そしてこの凄さが日本の原点なので
す。私たちは胸を張って日本人であることに誇りを持ちましょう
 このような騒動になったのも、もとを言えば須佐之男命が原因です。神々
は「乱暴な須佐之男命をどうしたらよいだろう。身についている罪が、髭
や爪に集まるよう祈りそれを切って須佐之男命の望み通りに黄泉の国へ追っ
ぱらおう」と決めました。
「イタタタタタ、ひどい目にあった。私はただ天照大御神にお別れを言いに行っただけなのに…」とぶつぶつ言いお腹も空いて来ました。神様たちも大騒ぎの後でやはり空腹でした。そこで食べ物の神の大気都比売神(おおけつひめのかみ)にご馳走を出してもらうことにしました。須佐之男命も高天原を去る前に「何か食べさせて欲しい」とお願いしました。大気都比売は快く引きうけ、お尻から五色の米を取り出しご飯を炊き、次に山芋を取り出しグチャグチャと咬んでトロロ汁を、鼻からは小豆や栗を出して煮込み、美味しい料理を手早く作りました。ところがそれを見た須佐之男命が「わざと汚い所から出して私に食べさせる気だな」と腹を立て大気都比売を切り殺してしまいます。殺されても死体からはどんどん食物が出てきました。頭からは蚕が、目には稲の種が、耳から粟が鼻からは小豆が、ほと(陰部)からは麦が、お尻からは大豆が生まれました。これを神産巣日命(かみむすびのみこと)が大切に集め、種として土に蒔きました。(私たちの食べている五穀と養蚕の起源です。今、大気都比売は徳島市の神山町上一宮大粟神社に祭られています。余談ですが、昭和の中頃を思い出します。その頃は日本のお母さんは人前でも電車の中でも胸を出し泣く我が子に乳房を含ませていました。それを「原始人みたいで汚く、日本の恥だ」と言う先生がいました。子に乳を含ませる母親を私は恥ずかしいとは思いませんでした。慈愛の場面だと思っていました。思うとあれは須佐之男命が「汚い」と思ったのと同じ心だったのでしょうか。そして今古事記を読み直し、大気都比売はお母さんだと思えてきます)
 神様たちは須佐之男命の狼藉ぶりにとうとう堪忍袋の緒が切れ高天原から追放しました。須佐之男命は逃げるように降臨し、そして思いました。『うけい』で手弱女を得たから私の勝ちだと思ったけれども、あれはとんでもない間違いだった。私が生んだのはマイナスの世界だった。それを姉の天照大御神は勝ったのに、私の幼い心をじっと見つめておられ、何も言わずに、成長して大人の心になるのを待っていて下さったのではないか。全ては私の誤解で美味しいものを食べさせてやろうと食物を出して下れた大宜津比売まで殺してしまった。
そんな事を思うと須佐之男命は元気を失くし、天照大御神の途方もない大きな温い御意(みこころ)が今更のように思われて来るのでした。 
 須佐之男命は、出雲の国の肥の河の上流鳥髪(とりかみ)へ降り立ちました。大きな川が流れていました。人影は見えず小高い山に登って見まわしましたが辺りはまったく静かで人の気配はありません。淋しく風が吹き時おり鳥が高く鳴くのみでした。須佐之男命はお腹のすいたまま高天原を出て来たので、喉は渇くし疲れも出るし足も痛み始めます。水音が聞こえます。痛む足を引きずりながら音に惹かれ近づいていきました。水が石に砕けながら踊るように流れています。力を振り絞り這うようにして水を息もつかずに飲みました。疲れが落ち着いて行きます。草の大地に寝転ぶと、緑の木立ちの上には高く澄んだ青い空があり、白い雲が悠々と流れています。川原には葦が(マコモが)群れ、葉がザワザワと揺れています。その美しい情景に見とれ、マコモの葉ずれに乗っているといろんな事が頭に流れていきました。
稗田阿礼さまが天地が開けるとき「浮く脂。ただよう海月。葦の芽」と、生々とした気配がかすかに動くさまを美しく、形容され朗誦されていましたね。
私にも稗田阿礼さまのあの澄んだお声が聞こえてきました。「あの葦の芽と言うのはマコモだったのです」・・・・
最近、マコモとマコモタケを知りました。そして水辺の葦の芽がツンツン萌えあがるように生命力をもって生まれたあの命の元の、宇摩志阿斯訶備比古遅神ウマシアシカビヒコジノカミ)を思い出しました。ウマシは(美しい)アシカビ(葦黴)ヒコヂ(男)。で、アシカビとはマコモのことだったのですね<夏林人>さんのブログで教えて頂きました。マコモのことは前回の「十月の献立」に投稿しています。)
生命のエネルギーのマコモが茂り、そして須佐之男命も食し、疲れた体をマコモの葉擦りで癒されたのではと、想像するのはどんなにか楽しく嬉しいです。
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マコモの茂み
 須佐之男命はマコモの葉擦りを聞いていると心が落ち着きました。生きる力がなくなったように目を閉じ、大きな淋しさでしたがマコモの葉の大きな風になったのです。太陽は西の山に落ちかかっています。美しい!須佐之男命は自然が、こんなにも美しかったことに始めて気付きました。清しく澄んだ光が透き通って、静かに生命ある光を放って行くように思い、須佐之男命から涙が落ちました。それはさ迷い荒れていた須佐之男命に、忘れていたふるさとの母に抱かれているような懐かしさと安堵感でした。そして、太陽である姉の天照大御神にも、他の神々にも見守られていることをはっきりと須佐之男命は悟ったのです。
 流れに足を浸しました。水の流れは澄み、心を開いた須佐之男命には淋しさも悲しみも静かに流れ消え去って行くようでした。時おり流れてくる木の葉にも親しさが湧き笑みを浮かべます。そんな中珍しい木切れが流れて来ました。掬い取ると 「おお、 これは箸だ」 箸が流れて来ると言うことは川上に人がいるに違いない。須佐之男命は元気百倍、川上ヘ向って歩き出しました。マコモの藪をかき分け川の石を飛び越え、心の中に込み上げてくる人懐かしい気持ちで急ぎ足になりました。しばらく行くと木立の中に一軒の家が見えました。「お尋ね申す 」何度も声をかけますが誰も出て来ません。人がいるみたいなのにどうしてでしょう。須佐之男命は庭へ廻りました。すると美しい少女を中にしてお爺さんとお婆さんが泣いています。不思議に思って「あなたたちは誰なのです。どうしてそんなに泣いているのです」お爺さんが涙を拭いながら「私は、この国を治めている大山津見神(おおやまつみのかみ)の子で、足名椎(あしなづち)です。妻は手名椎(てなづち)と言い、娘は、櫛名田比売(くしなだひめ)と申します」 「何が悲しくて、そんなに泣いているのです」と須佐之男命が聞くと、三人は益々悲しげに声をあげ泣じゃくります。  
 お爺さんが話し始めました。「私達には八人の娘がおりました。その娘たちは、どの娘もとても美しく、清清しい声の心優しい娘ばかりでした。ところが、高志(こし。北陸地方)に八俣の大蛇の化け物が住むようになり、毎年ここに来ては娘を一人ずつ食べて行くのです。もうこの娘が最後になってしまいました。もうすぐやって来ます。櫛名田比売は美しい瞳を潤ませ可愛い小さな口も震わせています。「こんなに可愛らしい娘が化け物に食べられてしまう。それが泣かずにいられましょうか」とお爺さんは声を張り上げオイオイ泣きました。
 須佐之男命は、櫛名田比売の清らかな愛らしい美しさに心打たれ「その八俣の大蛇という化け物は一体どのような姿をしているのです」とお聞きになりました。「目は、熟れたホオズキのように真っ赤で、体は頭が八つ尾も八つに分かれており、そこには苔や桧や杉の木が生え、その大きさは八つの谷と八つの山を渡るほどで、お腹は何時も血が流れ赤くただれています」と体を震わせながら答えます。
櫛名田比売は恐ろしさに今にも気を失いそうです。須佐之男命が凛々しい声で言いました。「櫛名田比売を私の妻に下さい」足名椎が驚き「あなたはどなたです」と不審にそして、その中に凛々しさと神々しさのあるのを感じて聞きました。「私は、高天原を治めている天照大御神の弟で須佐之男命と言います。たった今、高天原からこの土地に降りて来たところです。」足名椎と手名椎は驚き「そのように尊い方とは、大変失礼をいたしました。もちろん娘は喜んで差し上げたいです。」そして櫛名田比売に「そなたの気持ちはどうじゃな」と聞きました。櫛名田比売は八俣の大蛇の恐ろしさを聞いてもびくともしない、逞しく男らしいそれでいてどこかに気品が溢れる須佐之男命をつぶらな瞳で見つめ、頬を赤らめ手をついて「不束者ですが」と答えました。そのしぐさの可愛らしいこと。須佐之男命は大喜びで、声もキビキビと早速に八俣の大蛇退治計画に掛かりました。「あなたたちは、お米を噛み砕いた強い酒(八塩折りの酒)を作って下さい。家の回りに高くしっかりと垣を巡らし、そこに八つの入り口を作り、それぞれに並々と注いだ八塩折の酒樽を置いて下さい」辺りに強い酒の香りが漂いました。「これで準備はオッケイです。あとは私に任せて下さい。櫛名田比売は櫛になって、私の髪の中に隠れ下さい」と櫛名田比売に優しく息を吹きかけると櫛になりました。 須佐之男命はその櫛を愛しそうにそっと自分の髪にさしました。
 やがて生暖かい気持ちの悪い風が吹いてきました。足名椎と手名椎は唇をふるわせて部屋の奥深くに逃げました。須佐之男命は櫛に手を置き、「心配ない」と櫛名田比売の衣をかぶり、顔を伏せ八俣の大蛇を待ちました。遠くから雷鳴の轟きが聞え大地が揺れ木の倒れる音がし、その凄まじさと言ったらありません。山も海も空も大きく唸りをあげ、こだまをかえして響き、火のような真っ赤な光が空中高く上がり、谷深く別の光が右に、左に狂ったように踊ります。それは八つの大きな目でした。 さすがの須佐之男命も息を飲み「うまく酒を飲むか、それとも、まっすぐ私を一飲みするか」と、剣をつかむ手にもびっしりと汗が滲みました。
 その時、天照大御神の気高い暖かさと父の伊耶那岐神に言依(ことよ)せられていた海の世界が思い浮かびました。「そうだ今こそが、私は父なる神の言依に答える時、<神意のごとく為さしめ給え>と深々と祈りました。息を吸いゆっくり吐くと心は落ち着き「神々のすることに間違いない」という安心感が全身に満ちました。 
 飛ばされるほど激しく大地が揺れ、庭の大木が音をたてて倒れ、急に静かになりました。八俣の大蛇の八つの頭が酒の匂いを探しています。そして八つの酒樽を見つけるや、それぞれに「バシャ、バシャ」と首を突っ込み「グワオー」と喉を鳴らし体をうねらせ飲み始めたのです。だんだんと動きが鈍くなり酒樽に首を突っ込んだまま、細長い舌をヒヨロッと出したと思うと、雷のような大鼾で寝てしまいました。 須佐之男命は着ていた櫛名田比売の衣を払い、その下に帯刀していた十拳剣(とつかのつるぎ)で八つの首をばらばらにしました。頭は空中高く跳ねカッと口を開いたままドサリと地に落ました。つぎに胴を切りました。辺りは噴き流れる血の海になりました。止めを刺そうと八つの尾を順番に切り落とし最後の尾を切ろうとしたとき、十拳剣が「カチンッ」と欠けてしまいました。どんなものでも切れる十拳剣です。不思議に思い尾を裂き切り開いてみると、輝く見事な太刀が収まっていました。剣の見事さに驚いた須佐之男命は「こんな立派な剣は、私のような者が持つべきでない。こうして無事に退治できたのも天照大御神の守りがあったからだ」と感謝の気持ちと、高天原で随分迷惑をかけたお詫びに天照大御神に献上することにしました。 
  この続きは   またふることに云ふ 
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花々も神や人の心を乗せて咲き続けます。 鎮魂歌のようなタマスダレとオショライトンボ。
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猛暑にも関係なく彼岸花が咲き出しました。
 
日本の原典〜古事記物語〜 (8
 古事記物語を進める前に少しお話したいことがあります。
孫に古事記を語るつもり・・・・。子供の頃、心躍らせて読んだあの楽しさ、わくわく感を伝えたい気持ちと、自分自身があの時の感動を再確認したい、日本の成り立ちを再確認したい、そんな思いで自分にも分かりやすくと古事記を紐解いています。 そんななか、目に留まった記事があります。
 
「これを築いたのは誰なんだ?」
オレたちではない。こんな裕福な今日(こんにち)の日本があるのは、先代の人たちの頑張りのおかげだと思っている
オレたちは、彼らが頑張って汗水たらして残していってくれたもののおかげで生活できていると思う。先人の財産を使ってきただけ。感謝して、今からもう一度、頑張らないといけないんじゃないか。( サッカー日本代表MF 本田圭26歳ブログより)
 
そうです。日本の国の成り立ちを知り、素晴らしい日本国を守り頑張ってきた先代に思いを起こして下さい。そしてそれは古事記に繋がると思うのです。
私の子供の頃は、「古事記は天皇崇拝を導くために書かれたものであり、あんな荒唐無稽な物語が日本の祖とは恥ずかしい」と学校で教えられました。生まれ育てられている自分の国を否定し、貶める教育がなされていました。その教えを受け大人になった世代がいま国を背負っています。なにもかも古いことを否定し天皇を否定し、自国を愛せない大人がなんと多くなったことでしょう。でも本田選手のように世界に飛び立っている若者には日本の素晴らしさ、そしていまそれが危機にさらされていることがよりよく見えるのでしょう。
私は思うのです。11月の「古典の日」に源氏物語を読む人は多いでしょう。が、古事記も是非読んでみて欲しいです。
 
発掘作業中スコップの先に古墳時代の地表が現れ、見ぬ世の人が踏みしめていた大地に、私たちは今、豊かに平和に暮らしています。しかしそれは本田圭選手が言うよう、先人のお陰、この国を生んでくれた神様(宇宙)そしてそれを民と共に守って下さっている天皇さま(古事記は天皇崇拝のために書かれたという説は間違いと思います)を改めて感じていただければと思います。 
京都国立博物館で「大出雲展」がありました。猛暑の中行ってきました。古事記は稗田阿礼が謳い太安万侶が書き記したものですが、歴史から姿を消していた時代もあったようです。それを本居宣長が40年間もの研究で「古事記伝」44巻が結実され、また命が吹き込まれたのです。それは寛永版の古事記を購入したことから始まったそうです。その1冊が会場に並んでいました。付箋や書き込みがいっぱいでした。胸がいっぱいになりました。古事記にもいろんな歴史と波があったのですね。私たちはいまこうして先代たちのお陰で簡単に歴史を知ることが出来ます。それを無駄にしないで先人たちが命を吹き込み、今に息づいているその息遣いを繫げていけることを願います。日本の原点である古事記には物語としてだけでなく、宇宙のこと、その宇宙の一滴がいかに成り立つかまでもが記されています。「大出雲展」には<時を超え、先人とつながる流れを絶やさぬよう、せめてその一滴ならんや>とありました。秋の夜長を紐解いてみましょう。
日本の原点を一滴の雫となって。そして一滴を汚濁させないよう歴史を守って行きたいと思います。
 
日本の原典〜古事記物語〜 (8)  
須佐之男命(すさのおうのみこと) <天の岩屋戸>
 前回は、高天原が真っ暗になってしまったところまでしたね。
 
「ギギギィィ……」と天の岩屋戸が閉められました。辺り一面真っ暗になってしまいました。「どうしたんだ、真っ暗だ!」神々は驚きました。神々が住まう高天の原だけでなく、人々の住む葦原中國(アシハラノナカツクニ)も突然に闇におおわれてしまったのです。
そして太陽のない闇に包まれた日が続きました。闇につつまれたのをよいことにして災いの神々が動きを始めました。このままでは、わざわいの神々に乗っ取られてしまう。さぁ〜大変なことです。
神々は考えました。一刻も早く、「天照大神に天の岩屋戸から出てきてもらわないといけない」そして八百万(やおろず)の神々は、天の河原に集まり、知恵の神、思金神(オモヒカネノカミ)を中心に作戦を練りました。どうしたら天照大神を天の岩屋戸から出すことができるか。岩戸を開けるにはどうしたら・・・・・
「そうだ!ありったけの長鳴鳥(ながなぎどり)を集めて鳴かせよう!」」名案の閃いた思金神は、すぐさま実行に移しました。その案をすぐに理解した神々も「合点承知の介」と長鳴鳥を集めに走りました。
 思金神が言います。「伊斯許理度賣命(イシトリドメノミコト)は八咫鏡(ヤタノカガミ)を、玉祖命(タマノヤノミコト)は八尺勾玉(ヤサカノマガダマ)を作って下さい」「おぉ! 承知の介」と、神々は一致結束、この難事に立ち向かわれました。
(これらの、八尺鏡は伊勢神宮に、八尺の勾玉は宮中に、そして須佐之男命が八岐大蛇(やまたのおろち)を退治したときに、その尾から出た天叢雲剣は熱田神宮にと奉斎され、三種の神器として保存れています)
布刀玉命(フトダマノミコト)は、天の香山へ行って、鹿の骨を使って占いをし、榊の木を取って、上の枝に八尺の勾玉を、真ん中の枝には八尺鏡を、下の枝には木綿と麻をつるしたものを用意するのだ。さぁ、皆の者急ぐのだ。早く高天の原に光を取り戻そう!」「布刀玉命は榊を持ち、天児屋命が祝詞を唱え、天宇受売命(アメノウズメノミコト)は笹を持って踊るのだ。そして天手力男神(アメノタヂカラヲノカミ)天の岩屋戸の脇に隠れている」最後の手はずを指示する思金神です。
「準備はよろしいか。では、頼んだぞ!」
 天の香山から取ってきた笹の葉を持った天宇受売命は裸になり一心不乱に踊りだしました。ステージがわりの大きな桶伏せてその上に乗り、とんとんリズムをとりながら面白おかしく踊り始めました。桶は打楽器のように大きな音を鳴り響かせて、調子に乗った天宇受売命はしだいしだいに神がかり状態になりますます踊り狂い出します。乳は左へ右へ、上へ下へと揺れ動き、裾はめくれて女陰(ほと)はあらわに見え隠れします。それに合わせて八百万の神々は大いに笑い囃します。「あーはっはっは」「いいぞー、もっと踊れや、歌えや、大いに騒ごうぞ!」「アッハッハ、愉快愉快」八百万の神々も立ち上 がり思い思いに体をゆすって踊り出します。岩戸の前のにぎやかさは大そうなものです。宴たけなわです。
 その楽しそうな笑い声は、岩屋戸に隠れている天照大神の耳にも届きます。
 おかしいなぁ〜、何事だろうと思った天照大神をが天の岩屋戸をほん少し開け、外の様子をうかがいました。天宇受売命が裸で踊り、神々は大笑いでなんと楽しそうなことでしょう。天照大神は天宇受売命に聞きました。「何やら騒がしいようですが、高天の原は私がいなくなって闇につつまれているはず。どうして、歌い踊り、笑っているのですか?」「いいえ、どうしてどうして、あなた以上に貴い神がお出でになられたのです。だから、私たちは喜び笑っているのです。」とよけいクルクルと舞い踊り、答えました。
布刀玉命が「こんなに素敵な神ですよ」と天照大神に鏡を差し出すと、その鏡には光り輝く神の姿が映っていました。天照大神は、本当に自分以外にもっと素敵な神が現れたのかもしれない。ここから出てよく見ないと・・・。
自分の姿を別の貴い神だと勘違いした天照大神は、不安になってもっとじっくりその神を見ようと、天の岩屋戸をもう少し開けました、そのとき、「パシッ」岩屋戸のそばに隠れていた天手力男神が、天照大神の手をつかみ、一気に岩屋戸から引き出したのです。
「それっ! 今だ!」天照大神が天の岩屋戸から完全に出たその瞬間、布刀玉命は、天の岩屋戸に二度と入れないようにしめ縄で封印し、そして天照大神に懇願しました。「これからは、二度とこの中には入らないでください。」
 天照大神天が岩屋戸から出てくると辺り一面に光が戻り、隅々まで明るくなったのです。神々は、天照大御神のすばらしさを前にも増して褒め称え敬いました。
天照大御神は太陽であり昔から、暗いときには楽しく笑い遊ぶことが最良の方法(笑う門には福きたる)だったのですね。そして天宇受売命の踊りは現在のストリップの始まりでしょうか。お手柄の天宇受売命は、このとき以来、芸能の神、お神楽の元祖となりました。また、しめ縄には「もう二度と太陽が隠れませんように」という願いが封じ込められ、新しい年の初めに太陽の復活を祝ってしめ飾りをする習慣が神代からずっと続き「今年も太陽の恵みをいっぱいいただけますように」という思いを込めて初日の出を拝むのです)
古事記はとてもおおらかです。陰部(ほと)や便や、尿や、嘔吐やゲロやそれに殺めたり戦ったり、性情にもとまどいますが、それは生命の基本であることに気づきます。同じ古い書物として源氏物語があります。源氏物語には、便やゲロは出てきません。そして空想することには欠けていると思います。同じ男(神)と女(神)のことにおいても、私は空想したり、そこから生と勇気の湧く話に夢中になります。残酷、不浄、そのなかに「生き返り」「再生」を教えてくれるからです。だからワクワクするのだと思います。荒唐無稽といわれ、とっぴょうしもないところがまた面白いのです。そえはほんわかとした気持ちになり辛くならないのです。先人とつながり、生、宇宙に繋がり、上から目線(決して天皇の話は上から目線ではないのです)ではなく、神代から人に続く基本が書かれているように思います。
また続きは ふることに伝う。

 
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(朝顔 )暑中お見舞い申し上げます。
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(昼顔) 暑さ厳しい折、ご自愛下さい。
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(夕顔) 暑い中にふと感じる涼が嬉しいですね。
 
 
 
日本の原典〜古事記物語〜 (7)  
須佐之男命(すさのおうのみこと) 

 伊邪那岐命は天照大御神に、「あなたは、高天原を治めなさい」もの静かな月読の命には「あなたは、夜の国を治めなさい」須佐之男命に、「あなたは、
海原を治めなさい」と命じられ、近江の国多賀の地に座されました。
伊邪那岐命、伊邪那美命によって、夫婦の道を始められ、大八嶋国(我国の国土)をお生みになり八百万(やおよろず)の神々をお産みになり、やっと「命」の荷を降ろされたのです。
(現在、命の源(命の親神様)として滋賀県犬上郡多賀町に「お多賀さん」と親しまれ、二神は揃って祭られています。)
連日30度を越す猛暑日のなか、涼を求めて多賀大社へ行ってきました。
清流に囲まれ、石の橋を渡ると茂った木立の中に堂々とした本殿がありました。静寂さが清らさな涼をもたらしてくれました。蝉の声も厳かに聞こえてくるのが不思議です。大八嶋国の生みの親である二神さまがいらっしゃるところだと思うと、暑さも吹き飛びます。神木を渡ってくる風も涼々とし
「臣安萬呂言す。それ、混元既に凝りて、気象未だ效れず。名も無く爲も無し。誰かその形を知らむ。然れども、乾坤初めて分かれて、参神造化の首となり、陰陽ここに開けて、二靈郡品の祖となりき。」と上代歌謡が響いてくるようでした。
 
ここまで読み進めてくると、随分いろいろありましたね。「古事記」の文章は素朴なので分かりやすいのですが神様の名が長々しく、それでまいるのではなかったでしょうか。しかし、一語一語に意味があり、命のあらわれであり地名もそうです。地霊のあらわれであり言霊です。
それは、古代人と現代人の心をつなぐ唯一のものだと思います。(言葉や地名は便利ならばいい、分かればいいというものではないような気もします。)
 
そんなことをいろいろ改めて思いなおし、多賀大社の帰りには「糸切り餅」を買いました。お餅の白に、赤青三筋の細い線が涼しげで中の餡もとても美味しく、それはすっかり暑気払いになりました。
 
糸切り餅からも涼をいただき、さぁ〜物語を進めましょう。
この国を託された天照大御神、月読命、そしていっこうに泣き止まない須佐之男命の三神はどうなさたのでしょう。
いよいよ古事記は面白くなりますよ。
 
     <須佐之男命の号泣>
「うぉぉぉぉぉぉぉぉ〜〜〜〜〜〜〜ん!」須佐之男命は国を治めることをしないで泣き続けました。ひげが胸元に届くほどに年月が過ぎても変わらずなき続けました。治めるように言われた、川、海、森の水分を自分の体に吸い上げて涙に変え、流し続けものですから、川海、森山は枯れて乾いた荒れた国になりました。
そのために疫病がはやり、わざわいも沢山起こるようになってきました。たまりかね伊邪那岐命が「私が命じたこともせず、どうしてこんなに泣き続けているのだ」。すると須佐之男命はなんと「お母さんに会いたい」と言うのです。
「ダメだ!言うことを聞かずどうしても会いに行くというのなら、この国から出て行くがよい。そして、二度と戻ってきてはならない。」ときつく言われました。しかし、須佐之男命は「かまいません。私はどうしてもお母さんに会いに行きたいのです!」「分かった、だったら行くがいい。そして、二度と帰ってくるな!」と言い渡しました。
しかし伊邪那岐命は「息子よ、お前は本当は心根の優しい子なのだろう」と伊邪那美命に会いに行く後姿を優しいまなざしで見送ったのです。そして私はもう疲れてしまった。まだまだ心配なことはあるが、高天の原には天照大御神が、夜の世界には月読命がいる。私の役目はもう終わったようだ。」と、我が子を追放され、たいへん気落ちされて淡海(琵琶湖)の多賀に隠居をされたのでした。
<天照大御神と須佐之男命の対決>
 ドシーン、 ドシーン 突然大地が揺れだし高天の原の神々は大慌てです。 「何事です! この地響きは何が原因なのですか」「大変です! 弟君の須佐之男命さまが高天の原に参られたのです」「弟が来るなんて、父に海原を治めるように命じられたはずなのにどうして私の国に来るのでしょう。もしかして、この高天の原を奪おうとしに来たのでは」と、天照大御神は疑心暗鬼になられ、男の戦の格好の威風堂々とした格好をして、地面を踏み込まれました。あまりの凛々しさに土煙が淡雪のように舞いあがりました。そして威勢よく弓を振り上げ「弟よ、お前は何のために高天の原に参ったのだ。返答次第ではただではおきませんよ。」「お姉さん、そのものものしい格好はどうしたと言うのです。なにか勘違いをなされ私をお疑いになられたのですか。私はやましい気持ちなど一切ありません。なぜ泣いているのかと父に聞かれ、母に会いたいから泣いていると答えると追放されたのです。だから、姉さまに挨拶をしてからこの地を離れようとして参ったのです。決してこの国を奪うような心はありません。」「真ですか?」「本当です。信じて下さい。」「ではそれが本当かどうか証明をしなさい。」「姉さんも疑い深いですね。ではこうしましょう。互いに『うけひ』をして子どもを産み神意を伺いましょう。そうすれば、私の潔白が証明されるでしょう(「うけひ」というのは、あらかじめある物事を神に約束しておき、その約束どおりの結果が現れるかどうかで、神意を占うこと)
須佐之男命は「それぞれ別々に子を産む」と言うことをして、その結果で判
断しようと提案したのです。
 
『天の安の河(天の 川)』の両岸に分かれて二神は立ちました。その回りを高天原の神々が、心配顔で見守っています。先に天照大御神が、須佐之男命の剣をもらい、三つにへし折り『天の真名井』の聖なる水ですすぎました。そしてその剣をがりがりと噛み砕き、ぷーっと吐き出すとそれは霧のように広がりその中から、三柱の海を守る姫神が産まれました。長女をたぎり姫(多紀理姫)。次女は、いちきしま姫(市寸嶋姫)、三女は、たぎつ姫(多岐津姫)です。「この三姉妹は『宗像三女神』と呼ばれ、肥の国(福岡県)の宗像郡にある沖の島・大島・宗像にそれぞれ祀られています。また次女のいちきしま姫は『弁天さま』とも呼ばれて、宮島、江ノ島、琵琶湖の竹生島、吉野の奥の天河などに祀られています」
次に須佐之男命が、天照大御神の身体につけていた五種類の珠飾りをもらい同じように『天の真名井』ですすぎばりばりと噛み砕き、霧のように吐き出すと五柱の男神が産まれました。長男を、あめのおしほみみ(天の忍穂耳)、次男は、あめのほひ(天の穂日)、三男は、あまつひこね(天津日子根)、四男はいくつひこね(活津日子根)、五男は、くまのくすび(熊野久須毘)です。
「長男の正式な名前を、正勝吾勝勝速日天之忍穂耳命と言って『まさに勝った。私は勝った、素早く勝った』という意味です。そこで、天照大御神は「私の勝ちです。五柱の男神は、わたしの珠から産まれたので私の子です。三柱の姫神は、剣から産まれたからおまえの子です」と言われました。しかし、須佐之男命はその言葉を聞くなり大喜びで、『うけひ』は私の勝ちです。邪心がないから清らかで、か弱い女の子を得たのです。私の潔白が証明されました。と自分勝手に解釈して、「勝った! 勝った!」と大はしゃぎです。
(よくよく考えてみれば、お二人は『うけひ』をする前に男を産んだ方が勝ちだとか、女を産んだ方が勝ちだという取り決めをされてはいなかったのですね。)
 
須佐之男命の喜びようは尋常ではありません。「勝った、勝った」と田畑を壊し、溝を埋めあげくの果てには、神々の台所に大便をまき散らし、ふざけ回りました。しかし、そんな弟の須佐之をみて姉の天照大御神はとがめないで、皆に「糞のようなのは酒に酔って吐きちらしたゲロでしょう。田のあぜを壊して溝を埋めたのは、耕す土地を増やそうとしたのでしょう」と弟をかばわれました。そんな姉の心を知らず調子にのった須佐之男命の乱暴はますますひどくなるばかりでした。そして、まだら模様の馬を生きたまま逆はぎにして、天照大御神がお仕事をされている機織り小屋の上に登り「えいっ!」と投げこまれました。機織り女たちは驚き気絶してその場に倒れ込んでしまいました。その拍子に手に持っていた梭(両端の鋭く尖った横糸を通す木の道具)を取り落としてしまいそれが運悪く、ほと(女陰)に突き刺さり織女が死んでしまいました。
機織り小屋は神様の衣を織るための神聖な場所です。そこを血で穢したうえに死人までだしたのですから、このありさまをすぐ近くで見て、天照大御神もとうとう堪忍袋の緒が切れたのでしょう。とんでもないことをしでかした須佐之男命に激怒され嘆かれ、そしてあまりの悲しみに怒る気力も失いただ黙ったまま外に出られると、そのまま『天の岩戸』にお隠れになられてしまったのです。

すると、高天原は夜のように真っ暗になってしまいました。さぁ大変ことになりましたね。
この続きはまた「ふることに伝う」
 
私は古事記を読み進め、古事記は「絆のお話」ではないかという気がします。
大八嶋国はたくさんの絆から生まれているのではないでしょうか。そんな気が致します。人は荒涼とし始めましたが「絆」を見直すことにも気づき始めました。古事記は、大八嶋国の成り立ちだけではなく神代から続くこの森羅万象の宇宙は絆から成り立っていることを教えているのではないでしょうか。そんなことを思いつつ「古事記」を紐解き上代歌謡に耳を傾けています。
夫婦はお互いを気遣い、父(伊邪那岐命)は子たちを気遣い、姉(天照大御神)は弟を気遣い、古事記には絆が原点になっているように思うのです。
それは大八嶋国の原点であり、そして神代の子孫である人もまた、絆の宇宙でありたいと思うのです。
 
以前に「姉と弟」で書いたエッセイがあります。
 

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