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雨が良く降りますね。アジサイがとても元気です
アジサイとネムの花が競演しています。アジサイは日本から生まれたお花です。
更新が遅れています。やまとまほろば(6)です。ゆっくり読んでくだされば嬉しいです。
日本の原典〜古事記物語〜 (6)
上巻 伊邪那岐命の禊祓
前回は大八嶋国(日本)で、初めての夫婦げんかのお話でした。神様の夫婦喧嘩はやはりダイナミツクなものですね。
少し付け加えれば、伊邪那美命を冥界の大王「黄泉大神(ヨモツオオカミ)とも、また伊邪那岐命に追いついたので道敷大神とも言います。その道敷大神をふさいだ石は邪霊を防いだので道反乃大神と言い、坂の名前は黄泉比良坂で、現在の出雲の伊賦夜坂だと言われています。
古事記に出てくる名前は難しいようですが、なかなかどれも上手に付けていると思いませんか。
また、黄泉の国は横穴式石室だったと考えるといろんな想像が容易いですね。
私はまだ見ていませんが、九州にある西都原古墳の出土品の鎧に、干からびた蛆のあとがあるそうです。「蛆たかれころろきて」(蛆がころころわき集まって)のあのくだりの蛆です。こうして読み進めていくと、表現の豊かさ、面白さも際立つのが「古事記」だと改めて思います。
また、稗田阿礼さまは「今までの愛を忘れたように憎悪で罵り合う黄泉比良坂の話」は「愛は憎悪との両面神」だともお話しされたかったのでしょうか。
稗田阿礼さまの芳しいお声がまたしても聞こえてきました。日本語の「よみがえる=蘇る・蘇る」は、「黄泉の国から返る」という意味が元になっているのですよ」
前回(5)は「このあと逃げ帰った伊邪那岐命が海で禊をすると、お祓いの神(住吉三神)が生まれました。 」まででしたね。
黄泉返りと禊ぎ(よみがえりとみそぎ)
「私は何と汚い国に行っていたものか。禊をして清浄にならなくては」と伊邪那岐命は身を清めるために、筑紫の日向の橘の小門の阿波岐原(そこは清涼な河の水が大海へとそそぎこんでいる入り江でした)へ行かれ身に付けていたものを脱ぎ捨て裸になられました。するとそれらの物から次々と神様が誕生しました。
杖は、魔をよける道しるべの神。帯は長い道をふさぐ岩の神。袋を投げ捨てると、ものを解放する神が、衣を投げ捨てると、疫病神が、袴からは二又に分かれた道の神が、冠から餓鬼が、左の腕飾りを投げ捨てると三柱のたたり神が、右の腕飾りを投げ捨てると、三柱のけがれ神が現れました。(十二柱トオマリフタハシラが生まれたのです) 今度は水の中に入って体を洗い清めようとされました。「上流は流れが速過ぎる。下流は遅い」と中瀬で体を洗われます。黄泉の国で付いた垢から、二柱の禍の神が流れていきました。黄泉の国で触れた汚れの髪が浄化され、汚れを払い戻し神禍を直す三柱の神(神直毘の神・大直毘の神・伊豆能売の神)が産まれ、その禍の神を追いかけていきました。 さらに深みへと伊邪那岐命は潜っていきます。海底で体をぶるぶると震わせて濯ぎますと、底津綿津見の神と底筒之男の命が生まれ、中ほどでぷるぷると震わせますと、中津綿津見の神と中筒之男の命が、水面で震わすと、上津綿津見の神と上筒之男の命が産まれました。 (綿津見神は龍宮の守り神で、筑紫(九州)の海人族の祖先になられ、筒之男の命は航海の 神様となられ、これが先のお話の難波の墨の江に居られる住吉の三神です) 「つつ」とは、潜水中に吐く息が泡つぶのようになって「つつ……」と昇っていくさまを言います。夜空にきらめく星も泡粒のように見えるので、古代は星のことも「つつ」と言っていました。そうして星をたよりの航海に、かかせない筒之男の三神です。 また、海や川の中に入り水の霊力によって、体に付いた汚れを払う「禊」の風習は、力士が土俵に塩をまいたり、葬儀の後に清めの塩をまく形に変えて伝わっています。 稗田阿礼さまの芳しいお声がまたしても聞こえてきました。「日本語はこうしてすべて言霊からなっているのですよ。」 伊邪那岐命は最後に顔を洗われました。左の目を洗うと、太陽の神の天照大御神が、右の目を洗うと、月の神の月読の命が、鼻を洗うと嵐の神の建速須佐之男の命が産まれました。
この三柱の神々は、いままでに産んできたどんな神々よりも光り輝き、生命力にあふれておられ伊邪那岐命は「わたしはたくさんの神々を産みつづけてきたが、最後に三人の貴い子供を得ることが出来た」とたいそう喜ばれました。 (こうして伊邪那岐命と伊邪那美命の産んだ神様の合計は八十一柱(九×九)となり国造りが完成したのです。かけ算も九九=八十一で完成しますね。この、神様と数の不思議な関係は数霊(かずたま)という学問にもなって日本に伝わっています。) 高天原の 神々から命じられていた国造りの役目がやっとすみましたので、伊邪那岐命はご自分が身につけていた美しい玉の首飾りを取りはずし「「これからのことは頼みました」と天照大御神に譲りました。それは、ゆらゆらと揺れていい音色を奏でました。首飾りの名は「みくらたな之神」と言い、稲の霊が宿っておりました。「瑞穂の国」が生まれたのですね。そして光り輝く天照大御神に、「あなたは、高天原を治めなさい」もの静かな月読の命には、「あなたは、夜の国を治めなさい」須佐之男命には、「あなたは、海原を治めなさい」と命じられたのです。 しかし、この言いつけに須佐之男命だけが不満顔でした。
さぁ〜どうなるのでしょう。
この続きはまた「ふることに伝う」
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やまと まほろば
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野の花と星の物語を一緒にした絵本です。星たちは花になりました・上杉和子著
ホタルブクロが咲き出しました。この章は「古事記」と同じように亡くした愛しい人を追いかけていくのです。
古事記でこの章を絵に描くとしたらどんな花にしようかと考える楽しみが増えました。
伊邪那岐・伊耶那美命と花を組み合わせるとしたら、どんな花が良いでしょうか。
日本の原典〜古事記物語〜 (5)
上巻
「奈良市此瀬町の茶畑から1979年、位階勲位や姓名などが記された銅板の墓誌や火葬された人骨が出土された。「古事記」を編纂した安万侶の墓であった。骨は近くの十輪寺に引き取られ供養されていた。(やまとまほろば 2 http://blogs.yahoo.co.jp/hanahitohira06/52534399.html)
「古事記」編纂から数え、今年は1300年を迎える。それを機として十輪寺から奈良県田原本町の多神社に安万侶は分骨されることになった。多神社は、安万侶の出身氏族が代々宮司を務めておられ分骨を働きかけていたのがようやく実ったわけだ。
多神社の春季例祭が四月の第三日曜日であることを、高校時代の知人が知らせてくれた。第三日曜日の十五日は 吉野山に参拝していた。(オカリナを吹こう30 http://blogs.yahoo.co.jp/hanahitohira06/52669450.html))帰路、吉野山と同じ近鉄橿原沿線の笠縫駅で待ち合わせをし何年ぶりかに会い一緒に多神社に向かった。 駅から西へ20分ばかり歩く。住宅地を抜け田畑の残る道を、別々に歩んで来た過ぎし日のお互いの小さい歴史を語り合う。「笠縫大橋」にでた。流れるのが飛鳥川だと教えてくれた。この川は奈良県の中西部を流れる大和川水系の1級河川で、南から北に流れている。海のない奈良で私たちは川が遊び場だった、飛鳥川の支流でスカートをたくしあげ川魚と戯れていたのだ。川泳ぎもしたものだ。声高に近況報告をし合う私たちの小さい歴史も川の水音に流れて行った。突然、白い大きな鳥が飛び立った「あっ!あれ、日本武尊じゃない?」という私の問いに知人は呆れ顔をする。懐かしい友と違和感なく歴史の空気に浸れるのが楽しかった。 大きな森の中に多神社があった。 1) 東の三輪山と、西の二上山を結ぶ線 2) 南の畝傍山と、北の平城京を結ぶ線 3) 香久山と、耳成山の頂上を結ぶ線 この3本線が交わる処に多神社はある。神社で頂いた栞の地図に線を引いてみると三角形ができた。その周りを懐かしい地名が散らばっている。古事記に興味を持ったお陰で、懐かしい知人とも、懐かしい地名とも、懐かしい景色とも出会えたのだ。 多神社は奈良盆地のほぼ中央に鎮座し、三輪山から上る朝日の遙拝所でもあるらしい。分骨された安万侶はこれからは多神社に眠り、悠久の日本(大八島国)を見つめて行くのであろう。改めて日本の歴史(古事記)を紐解いて行くことに襟を正した。
古事記 上巻 伊邪那岐命の黄泉国訪問
前回は 伊邪那岐・伊耶那美命の二柱が(八つの嶋(日本=大八嶋国)を生み、さらに吉備の児島、小豆島、大島、姫島、五島列島、双子の島を産み終えられたところまででした。次はこの大八嶋国に住む神様たちをお産になられます。土の神。石の神。岩の神。家の神。海の神。川の神をサラサラと、泡の神をブクブクと、波の神をザブンザブンとお生みになられ、水の神、風の神、木の神、山の神を、そして野の神と生んで行かれました。
まだまだお生みになっていかれます。 霧の神に山頂の神。谷の神。暗闇の神。迷いの神をウロウロと。スイスイ空を飛べる天の鳥船の神を。食べ物が大好きな、おほげつ姫もパクパクトお産みになられそれはそれはたくさんお生みになられて行くのです。生まれた神様のそのお子もまた、次々と子を産んで野山は花が咲きほこり、雨が降り、虫が鳴き、雪が降り、四季がめぐるそれはにぎやかな日本の国土が出来たのです。万物、森羅万象が生まれたのです。 だから、山や海、石や木や草花、そのひとつひとつに神様は宿っているのですね。
伊邪那岐・伊耶那美命は沢山の子供や孫を持ち、とても幸せでした。 ところがあと一踏ん張りに大変なことが起こったのです。続いて生まれた火の神「かぐ土」の強い炎に伊耶那美命のみほと(女陰)が焼かれて大やけどを負われて寝込んでしまわれたのです。起き上がれない伊耶那美命は嘔吐もされ、たれ流しになりました。そのとき、嘔吐から鉱山の夫婦神「金山彦・金山姫」が、便からは粘土の夫婦神「埴やす彦・埴やす姫」が、尿から水の神「みづはの女神」穀物の神「わくむすひの神」が生まれました。が、伊耶那美命の容体は悪くなるばかりで治る気配がなくどんどん衰弱されていきました。そして伊邪那岐の手厚い付きっきりの看病のかいもなく耶那美命は亡くなってしまいます。伊邪那岐の慟哭は、森がざわめき大地が唸るほどでした。悲しみに泣き続けられる涙からは、「泣沢女」という美しい神様がお生まれになりました。(この神様は奈良の天の香久山の麓「泣沢の森」に鎮まっておられ、この森の中を歩くと、雨でもないのに冷たいしずく(涙)が落ちてくるそうです。尋ねてみたいものです)
伊邪那岐は泣き続けました。泣けば泣くほど想いは深く、寂しさはつのるばかりです。「一人の子の命とひきかえに、愛しい妻を失ってしまった」そんなことを思うと「火の神かぐ土」が母の死も知らずに、ますます炎を燃え立たせ元気に飛び回るのをみると腹立たしくなってきて、腰の十拳剣(トツカノツルギ)で「お前の顔など見たくない」と、「かぐ土」の首をはねてしまわれたのです。十拳剣からしたたる血の中から、イハサクノカミ(石拆神)ネサクノカミ(根拆神)イハツツノヲノカミ(石筒之男神)が生まれ、 剣の根元の血からミカハヤヒノカミ(甕速日神)ヒハヤヒノカミ(樋速日神)タケミカヅチノヲノカミ(建御雷之男神)が生まれ、剣の鍔に集まった血からはクラオカミノカミ(闇淤加美神)クラミツハノカミ(闇御津羽神)が生まれ、かぐ土の頭からはマサカヤマツミノカミ(正鹿山津見神)胸からはオドヤマツミノカミ(淤縢山津見神)。腹からはオクヤマツミノカミ(奥山津見神)陰(ほと)からはクラヤマツミノカミ(闇山津見神)左手からはシギヤマツミノカミ(志藝山津見神)右手からはハヤマツミノカミ(羽山津見神)左足からはハラヤマツミノカミ(原山津見)右足からはトヤマツミノカミ(戸山津見神)が生まれました。 かぐ土を斬った刀はアメノヲバリ(天之尾羽張)と言い、そこから伊邪那岐はたくさんのお子をまた持たれたわけです。残酷な話だと思いましたが沢山の再生があったのですね。
しかし、「愛しい妻よ。あなたと作った国はまだ作り終えてはいない」と、伊邪那岐の悲しみ寂しさは増すばかりで癒されませんでした。もう一度どうしても耶那美命に会いたいと、その思慕は伊邪那岐を黄泉の国に向かわせます。
この黄泉の国を訪ねる(死んだ人を訪ねて行く)話は西欧の神話にもありますね。画像の絵本の話です。 黄泉の国の入り口で、大声で耶那美命を呼ぶと耶那美命が現れました。しかし耶那美命は「どうしてあなたはもっと早く来てくださらなかったのですか。私はもう黄泉の国の食べ物を口にしてしまい帰れることはできません。」伊邪那岐は会えた嬉しさに「そんなことは言わないで、私の元に帰ってきておくれ。こうして迎えに来たのだから。私はあなたがいないと身が引き裂かれる思いです」「分かりました。あなたをそこまで悲しませ、私のことをそんなに思って下さるのですから黄泉の神さまにお願いをします。もしかしたら許してくださるかもしれません。しかし、私が黄泉の神さまと話している間に、私を探しはしないで下さい。約束をしましたよ」「分かった。早く黄泉の神と話し合い一刻も早く国に帰ろう。」と伊邪那岐は逸る気持ちで答えました。 しかし奥に入ったきり、耶那美命は何時間たっても戻ってきません。
一向に戻ってこない耶那美命に伊邪那岐は不安が募るのと、待ち遠しさにどうしても我慢ができなくなり、黄泉の国の真っ暗な中を進んでいきました。髪から櫛を抜き櫛の歯を一本折り、火をともしわずかなその光を頼りに、中へ進んで行きます。 「どうか、私をこの黄泉の国から出させてください」遠くから耶那美命の声が聞こえてきます。。思わず伊邪那岐は声のほうに駆け寄りました。すると、声の先は目も疑うばかりでした。
あの美しい耶那美命の口にうじ虫が集まり、頭には大雷(おおいかずち) 胸には火雷(ほのいかずち)腹には黒雷(くろいかずち) 女陰には拆雷(さきいかずち) 左手には若雷(わかいかずち) 右手には土雷(つちいかずち) 左足には鳴雷(なりいかずち) 右足には伏雷(ふしいかずち) の八つの雷神がまとわりついてそれはおどろしい姿でした。伊邪那岐は仰天し引き返そうとした時 「約束を破り私のこの醜い姿を見たのですね。よくも私に恥をかかせましたね」今まで聞いたこともない恐ろしい耶那美命の声が響きました。そして伊邪那岐を逃がすまいと追いかけてきました。黄泉の国の醜女たちにも追わせました。恐ろしさに必死に逃げる伊邪那岐。
醜女たちの足は速くすぐに追いつかれそうになります。そこで伊邪那岐は、束ねた髪の髪飾りの蔓を取って醜女たちに投げつけました。するとそれは葡萄の実になり醜女たち食べ始めたので、その間に速く速くと逃げました。 しかし葡萄を食べ終えた醜女たちはまた伊邪那岐を追いかけてきます。伊邪那岐は次は櫛を抜いて投げました。それは竹の子になり、醜女たちが竹の子を食べている間に速く速くと逃げ続けましたが、出口は遠く「出口はまだか」と焦る伊邪那岐がふと振り返ると、醜女たちだけでなく、耶那美命の全身にまとわりついていた八つの雷神が、黄泉の国の兵士を連れて追いかけてきます。伊邪那岐は火の神を斬った十拳剣を抜き、それを振りながら逃げます。やっと黄泉の国と現実の国との境である黄泉比良坂(よもつひらさか)まで来ました。そこに実っていた桃の実を八つの雷神たちに投げつけたました。雷神、兵士、醜女たちは驚き、やっと引き返していきました。 「ああ助かった。有り難う 桃の実よ。これからは、私を助けてくれたように、葦原の中つ国(天上の高天原と地下の黄泉の国との間にある地上の世界)の、この国のものたちが危険なこと、辛いことや苦しいめにあった時には同じように助けてやって欲しい」とお願いをされ、オホカムヅミという名前を桃の実に与えました。
そして、伊邪那岐は黄泉の国とこの国の境目に大きな岩を置き、行き来できないようにしました。岩のむこうから、黄泉の国の住人になってしまった耶那美命の声が 「愛しいあなた。どうしてこんなことをするのですか」「そなたはもうこの世のものではない。私たちはもう一緒にはなれない」「なんてことを言われるのですか。早くこの岩をどかして下さい!」「ダメだ、出来ない」
「なんといまいましいお方。ならばこれからあなたの国の人々を一日に千人殺していきます」 「愛しい妻よ、そなたがそのような振る舞いをするならば、私は一日に千五百人の人を生んでいこう」と叫ばれました。
古事記を読み進めていくと、日本の神さまは西欧の「全知全能の唯一神(ゴッド)」ではないのが良くわかります。日本の神々は、道徳や理想の価値観を示す存在ではなく、この世の現象をありのまま示し、そこから新たなことが生まれ、結ばれ、多様化していく働きを、擬人化して伝えているのではないでしょうか。喜びだけでなく、怒り、苦しみ、悲しみのときにも神が産まれたのですね。
このあと逃げ帰った伊邪那岐が海で禊をすると、お祓いの神(住吉三神)が生まれました。
この続きはまた次に 「ふることに伝う」。
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日本の原典〜古事記物語〜
上巻 第1話 _国生み_
「男神の神伊邪那岐神(イザナキノカミ)と、女神の妹伊邪那美神(イザナミノカミ)の二神のお子はどうして駄目だったのでしょう。
私稗田阿礼が謳い上げ安万呂さまが編纂されましたが、決して荒唐無稽なものではないのですよ。
安万呂さまも千三百年の間、この茶畑の下で 「古事記」の夢を見つつ、そして読み解いてもらえることを願い眠っておられます。さぁ〜、私と一緒に考えてみて下さい」
芳しい木の葉を震わす風のような声が、私の耳元をまたしても優しく通り過ぎていきます。物語が面白いと筋だけを追っていた私は少し恥ずかしくなりました。透き通る水のせせらぎのようなそのお声に、心を映してみましょう。
そこは宇宙です。
淤能碁呂島(おのころしま)の聖婚(2)
前回で、まず生まれたのが、おのずから凝って固まった淤能碁呂島
(おのころしま)と名づけられた地球でしたね。
淤能碁呂嶋は、自転(じてん)する島のことです。 月は地球を中心としてめぐり、地球は自転しながら他の星とともに、太陽をめぐります。これを太陽系と言います。この太陽系は、もっと大きな銀河系の中心を中心としてめぐります。大銀河系はさらに大きな宇宙の島を中心としながら、自ら動いて中心に帰っています。
自ら動いて中心に帰一する。この天体の動きは、一分一秒の誤りもなく、今もなお無限創造の道を大宇宙で展開しているのです。
(わたしたちのご先祖は、数十億年も前からすでに地球が自転していることを知っておられたのです。)
その地球に伊耶那岐(いざなぎ)・伊耶那美(いざなみ)の二神が降りてこら
れ、天地を貫く真理を天之御柱(あめのみはしら)とし、その中心真理が、四方八方に展開していく無限次元世界の宇宙を八尋殿(やひろどの)として、真理の法則にしたがって、天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)の理想通りに、現象世界を創造することにされたのです。そしてこの中心に帰一しながら、無限に創造していくという真理は天体だけでなく、(十)の陽電子を中心に(一)の陰電子がまわる法則となっています。この法則は、自然の草木、天地一切全てのものにあてはまる法則です。ですから、法則にしたがいこの大きな中心に帰一しながら、無限創造が行われなければならないのです。
「法則を破り大きな中心に帰一することを忘れ、自分個人を中心に考えたり、党や宗派や思想だけで考え、また国 一つを中心にすると、人類も滅ぼしかねないということを、すでに古事記は教えているのです。古事記はただ読み物としてではなく、こう
いうことをも指し示し教えているのですね」
伊耶那岐命と伊耶那美命は「陰(マイナス)の力である女神と、陽(プラス)の力である男神の力を一つに結び合わせて、すばらしい現象世界の国生みをされようとしたのでした。が、現象世界は波動の世界ですから、かならず一方は足りないところ、とは言ってもそれは不足して駄目というものではなく、表現して創造していく空間や時間や場所が出来るということであり、又、一方は一つの世界を創造完成しても、更に次の世を創造したくなってくる意欲が出てくるということです。 二神はこの言霊に導かれ、お互いを褒め称えることをされ一生懸命、国生みをなされました。が、 失敗なされたのは、「いくら頑張って努力しても、陰の力が先になっていますので、ちょうど、服を縫うのに糸を先にし、針をあとにしているようなものですから『骨折り損のくたびれもうけ』と生命をすりへらしてしまう水蛭子(ひるこ)が生まれたのです。そして、せっかく生んだと思うもののみんな、水のあわのように、消えてしまうと言う淡島が生まれることになったのです。 」 木の葉がざわざわと騒ぎだし悲しそうな声がしました。
二神は「失敗の理は何であったのか」神想観(瞑想)をして現象世界から実相世界に行かれ、天之御中主神にお教えを請われました。
「お前達二人は、天之御柱をめぐり、国生みをなす時、これで充分うまくいくと思って仕事をしたのかな」と、お聞きになりました。伊耶那岐命は、「いいえ、陰(マイナス)の力である女性が、陽(プラス)の力である男性の先に立って仕事をすることになったので、宇宙の法則に合わないのではないかと思いました」すると伊耶那美命は「でも二人が力を合わせて仕事をするのですから、少し順序が違っても一生懸命にしたのなら良いのではないでしょうか」すると天之御中主神は「お前達の国生みは、法則をはなれてすることは出来ないのだよ。」「お前達はその答を聞こうと、わざわざ実相世界まで尋ねてこなくとも、心を静め、我の心を捨てて、私の心と波長を合わせれば何時でも私の声を聞くことが出来るし、私の声を聞こうと思わなくともお前たちの魂に本能の心として思わしめ、お前達が、天之御柱をめぐり国生みしようとした時、お前達の心の奥底深く、「宇宙の法則に合わないのではないか」と、ふと無心に思ったあの想いが、私の声だったのだ」「やっぱりそうでしたか」二神様はうなずきました。「国生みと言うのは、ただ一生懸命にやればそれで良いということではない。 すべての人と事と物との中にひそんでいる神の声を聴きながら、宇宙の法則を自分のものとし、創造することが一番大切なことなのです」
天之御中主神の言葉を聞き、このようにわかり切ったような間違いをした二神は悲しくなり「大きな間違いをおこしてしまった私達はもう駄目でしょうか」。と聴きました。「間違いということは、お前達自身が駄目だということではない」
またしても涼やかな声がしました。 「この国は言霊の国です。間違いと言うのは「間が違っている」と言うことなのです。善も悪もどのような人や事や物でも、それ自身には良いも悪いもないのです。それらの(間)がどのように関連してどのように使っていくかと言う、目的と法則が宇宙の法則や理想、(即ち天之御中主神の心)に合っていないということでしょう。国生みの始めに、なぜ失敗のような目に合ったのか考えますに、法則はどのようにも使うことが出来ますが、二神に宇宙の法則ある天之御中主神の心を無視して創造することは出来ないということをお教えになったのですね」「今一つ大切な事は、失敗というのは、こうしたらこうなったという法則を発見出来たことであり、失敗のように見えた時は、どのようにしたら良いかということを、先ず国生みの始めに二神は体験されることになったのです。」
こうして失敗したことは、過ぎた思い出として初心に帰り法則のまま、新しくやり直せば良いということを二神は教えられたのでした。その真理は、共に観、共に感じ、共に歓び、いざない合う『いざ』というのが、二神の意味であり、陰(ー) と陽(+)のある意味だと悟られたのです。
失敗のように見えても「失敗したから駄目だ」と考える事は、神様の御心にそむくことになってしまいま。失敗のように見える、その中にこそ神様は深い創造の喜びを秘めることを教えておられるのです。
この事をはっきりとお知りになった二神は早速、『詔(の)り直(なお)す』ことにしました。
「あなにやし、えをとめを 」「あなにやし、えをとこを」 そうして
淡路島(淡道之穂之狭別)が産声をあげ、二番目に体が一つで顔が四つある四国(伊予の二名島)で、伊予の国(愛媛県=愛比売。お姉さんと言う意味)讃岐の国(香川県=飯依比古。食べ物の霊が依りつき食べ物が沢山ある)阿波の国(徳島県=大宜都比売。穀物の神)土佐の国(高知県=建依別。強い霊が依りつく)そして三番目に三つ子の隠岐ノ島。(天之忍許呂別)四番目にこれもまた体がひとつで顔が四つある筑紫島(九州)で、顔ごとに筑紫国(福岡県=白日別。明るい太陽が照る)豊国(大分県=豊日別。太陽が燦燦と降注ぐ)肥国(長崎県=建日向日豊久士比泥別。太陽に向かい太陽の霊力を尊ぶ)熊曾国(鹿児島県=建日別)。五番目に壱岐の島(天比登都柱 )六番目に対島(天之狭手依比売)七番目に佐渡島。最後に、本州である大倭豊秋津嶋。(秋津とはトンボの古名で、トンボが交尾をしながら飛んでいる姿に似ています。五穀豊穣の意味を表します)
こうして、これらの八つの嶋(日本=大八嶋国)を生み、次に吉備の児島、小豆島、大島、姫島、五島列島、双子の島の日本の国土を産み終えられました。そして次にこの大八嶋国に住む神様を産まれるのです。 それはまた次に。「ふることに伝う」。
芳しい木の葉を震わす風のような声が、またしても、私の耳元を優しく通り過ぎていきました。「今一度、言霊について触れてみましょう。」
(おとめの言魂の一つは『音芽(おとめ)』。です。実相世界や心の世界が音(言葉・波動)となって現象世界に芽(姿.形)をあらわしていくという力です。おとこの言魂の一つは『音古(おとこ)』です現象を現し出す波の原動力をふりむく、何時も天神(あまつかみ)の神意(みこころ)にまつろうとしながら「理(ことわり)」を修めていくことです。
ですから、〈あなにやし、えをとめを )ということは、現象にあらわれている(うつし出されている)美しさ、良さを、喜び、楽しみ、味わい讃歎することです。現象創造の第一は先ずそれが第一声でなげればならないのですね。 〈あなにやし、えをとこを )ということは、この現象の美しさ良さは、まったく天神(あまつかみ)、のおかげであると感謝し、理想は惟神(かんながら)にあらわれることを確認し、日常生活を喜び楽しむことです。そのため(あなにやし、えをとこを)が先行してはまずいのです。現象世界の中に理想があると観てしまうからです。良さがあらわれていないと、自分をなげき、世をのろいますので、ひるこ・あわしまが生まれることになるのですね。 このように、古事記は言霊から生まれた記紀でもあります。それぞれの神様の名前にもそれが(言霊)があります。それはまたいつかお話したいと思います。
涼やかな声と共に、木の葉が一枚、二枚、私の肩に舞っていきました。 * 流された蛭子が流れ着いたという伝説は日本各地に残っている。日本沿岸の地域では、漂着物をえびす神とし、信仰するところが多く、蛭子が恵比寿・戎と、同一視されるようになった。蛭子を祭神とする(蛭子神、蛭子命)神社は多く、西宮神社などがあり、恵比寿を祭神とする神社には恵比寿=事代神とするところが多い。生まれてすぐに流されてしまう蛭子の哀れとの感情が再生の神話を紡いだとも考えられる。Wikipedia より。
* 淡島神社は、古事記のストーリーにぴったり符合するところに位置しており、イザナギノミコトとイザナミノミコトが最初に懐妊し、水子として堕胎してしまったアワシマ(淡島)を祀る神社であると確信できる。 Wikipedia より。
日本の心は素晴らしいですね。
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日本の原典〜古事記物語〜
上巻 第1話 _国生み_ 天地はじめてひらく
芳しい木の葉を震わす風のような声が、私の耳元をまたしても優しく通り過ぎていきます。
「前回は結婚を誘い合う神様が、お姿をお見せになられるところでまででしたね。いよいよ国生みが始まりますよ〜」
淤能碁呂島(おのころしま)の聖婚(1)
誘い合う(いざないあう)神様の名前を、男神は神伊邪那岐神(イザナキノカミ)、女神は妹伊邪那美神(イザナミノカミ)と言います。
あるとき、高天原にお住まいになられる神々がお集まりになり、泥海のように漂い混沌としているはるか下界を見降ろして、この二柱をお呼びになり、「混沌としているあのところを整え固めよ」と、玉飾りのついた美しい、天(あま)の沼を治める「天の沼矛」と言う尊い矛(ほこ)を渡されました。
二柱は畏れ多く、矛を受け取り高天原と下界をつなぐ「天の浮橋」に立ち、下界の一面どろどろとした海原を見下ろしました。どこまでもどろどろとしていて水面も地面も区別がつきませんでした。そこで二柱は手と手を重ねあわせ、天の沼矛をしっかりと持ち、その海原に突き降ろしかき廻してみました。すると、かき混ぜるたびに、潮がゴウゴウと鳴るような、それは不思議な音が湧き出ました。 ♪こをろ♪こをろ♪こをろ♪こをろ 二柱は、こをろの音を引き上げるように、目と目を合わせ息を合わせ、さぁっ矛を引き上げました。すると、矛の先から塩のしずくがぽたぽたとしたたり、それが積もり固まり、塩の球が出来ました。この球はおのずから凝って固まっていたので、淤能碁呂島(おのころしま)と名づけられました。
「いよいよ地球の誕生でございますよ」凛とした声がまた響いてきました。「わたしたちのご先祖は、数十億年も前から、すでに地球が自転していることや塩の固まりであることを知っておられたのでございますね。」
その声に、私はドキドキワクワクと、ますます胸が高鳴っていくようでした。 二柱はその球の島に下りてみました。そこは荒々しい原野で生き物の姿はなにも見えません。
二柱はまず、「天の御柱」(神霊が昇り 降りするために、地球のどこからでも見ることができる、太く高く、大地と宇宙を結ぶ大切な役目をする柱)を立てられ、つぎに「八尋殿」という宮殿を建てられました。 こうして新居も出来上がり、やれやれと安心して一息つき、お互いを見つめあわれました。 優しく伊耶那美命を見つめておられた伊耶那岐命が、自分の体の下半身に何か不思議なものが、ぷらんぷらんとぶら下がっているのに、伊耶那美命にはそれが無いことに気づかれました。同じ体でないことが気になり、伊耶那美命に「あなたの体はどんな風になっているのですか」と尋ねられました。伊耶那美命も自分の体をしげしげ眺めてみました。「わたしの体はほとんど完成しているのですが、どうも一か所だけ、窪んで穴になっているようです。『なりなりて成り合わない』ところがあるようです。」 伊耶那岐命が「私のほうは一か所だけ、飛び出てぽこんとしています。『なりなりて成り余れる』ところがあるようです」。 「どうでしょう、あなたのその窪んだところに、わたしの飛び出たものを差し入れてみては。そうすれば『なりなりて』と成るのではないでしょうか。」 「それは良いことですね。そうしましょう」と、二柱は二つの体を合わせあうことを思いつかれました。 そして、「天の御柱を廻って結婚しましょう」と約束されたのです。 「あなたは右から廻り、私は左から廻りましょう。出会ったところで「なりなりて」ですよ」 二柱はお互いほんのりと頬を染められて、右と左に廻り始めました。そして出会ったところで、伊耶那美命が「あなにやし、えをとこを(ああ、なんとええおとこ!)」と弾んだ声で言いました。伊耶那岐命も負けずに「あなにやし、えをとめを(ああ、なんとええおとめ!)」と言いました。 またも芳しい声が聞こえてきました。「言霊といって言葉には不思議な霊力が宿っているのですよ。良い言葉を言えば幸せになり、悪い言葉を言えば不幸になります。そこで二柱は、国を産むにあたってお互いを褒め称える言葉をかけあわれたのですね。でも、こう言うとき、女人が先に言うのはどうでしょうね」
伊耶那岐命「女の方から先に声をかけたのは良くないのでは」と思いはしましたが、あまり気にもとめないで、男女の営みである『みとのまぐはひ』をされ、二柱は契られ、こうして八尋殿で結婚されました。 ところが、最初に生まれた子供は、なんと骨のない『水蛭子』でした。二柱は泣き悲しまれ、その子を葦船に乗せて流してしまわれました。つぎに『泡嶋』(淡島)が産まれましたが、この子も泡のように浮かび漂うばかりで人の形にはなりませんでした。 悲しんだ二柱は、「お互いを褒め称え、素晴らしい言霊を使ったはずなのにどうしてこのようなことになったのでしょう」と、「天つ神たち」に相談するため高天原に出向かれました。 さぁどうしてだったのでしょう。それはこの次に。 「ふることに伝う」。
あまりに稗田阿礼さまのお声の清清しさに、逸る心で「早く早く」と物語を急かせてはいけないかもしれませんね。ゆっくりとそのお声を楽しみ、鶯の声に誘われ、桃の花を求め、奈良の地を訪ね、古事記が誕生した古代社会の大局を追想してみるのも良いかとも思いますよ。 |
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昭和五十四年一月、太安万侶の墓が発見された。四十一文字から成る銘文に「太朝臣安萬侶」の名のほか、居住地や位階、死亡年月日なども記されていた。
光仁天皇陵のすぐ近くにあるその場所は、二十一世紀の今、水田と茶畑が広がるばかりである。しかしそこに、いにしえびとの往来を、いにしえびとの命を思い描けば、同じ大和人、日本人であることに私は大きな誇りを感じるのだった。
十月の半ば、歴史の証人が眠っているその茶畑を歩いた。「立冬」も近く、茶畑に霜の朝を迎えるのも、すぐそこまできていたが、息を切らし急坂を登りきると額に汗した。そして汗の滴を落とすかのように、凛々と輝く白さで咲いている、お茶の花を見つけた。下を向き静かに咲いていた。
私は茶の花の無数の黄色い花糸(おしべ)に惹かれた。花糸の数は二百数十本はあろうか。大きな塊りとなり圧倒するばかりのボリュウームで語りかけてくる。
花糸の塊が、長い歴史の息使い、歴史の中に健気に生きていた民の集まり、見えることのない神の一つ一つに見えてきた。そして聞こえてきた。言霊の歌が・・・。 上代歌謡であった。
「臣安萬呂言す。それ、混元既に凝りて、気象未だ效れず。名も無く爲も無し。誰かその形を知らむ。然れども、乾坤初めて分かれて、参神造化の首となり、陰陽ここに開けて、二靈郡品の祖となりき。」(しんやすまろまをす。それ、こんげんすでにこりて、きしょういまだあらはれず。名もなくわざもなし。たれかそのかたちをしらむ。しかれども、けんこんはじめてわかれて、さんしんぞうかのはじめとなり、いんようここにあけて、にれいぐんぴんのおやとなりき。)
「元明天皇の臣下である安万侶がここに奏上いたします。遠い昔、すべてのものの形が定かではなかった宇宙の初めのこと。ある時、天と地が二つに分かれ三柱の神様が出現されました。次いで陰と陽が別になり、男女の二神が現れて万物の生みの親となられたのです」
朗々と歌い上げる格調高い声が茶の花を震わせていく。なんと美しい言霊の語りであろう。私も静かに諳んじてみる。茶畑の緑の風はさわやかに抜けていった。 古事記は「こじき」あるいは「ふることぶみ」と読む。日本民族の古い伝承と歴史の書物です。神も人もいきいきと天地を駆け巡り、心のままに笑い、泣き、怒り、戦い、そして殺し合い、愛し合う。それは現在の私たちと同じなのです。
ここには、人々が大切にしてきた民族の素朴な心や智恵、生命の歴史が込められているのです。先人の言い伝えや、心、知恵の教えを忘れた民族は、滅ぶと言われます。これからもっともっとグローバル化な世界になっていくでしょう。そんなとき自分の国の神話や歴史を何も知らないことは、とても恥ずかしいことだと私は思います。
私は千三百年前にタイムトリップしました。茶の花の中に入りました。
そこには稗田阿礼と仰るそれは見目麗しく聡明な若人が、周りの木々もが静かに聞きほれるような美しい声で、この国の原点を諳んじておりました。太安万侶さまがそれを墨色鮮やかに書き記しておられます。
のぞきこんだ私は「いのち」にふれることに遭遇した思いでした。いのちは海から生まれたとのことです。
そして、その書き留められた行間から、辺りに生々とした気配が動き始めてきたのです。
日本の原典〜古事記物語〜
上巻 第1話 _国生み_ 天地はじめてひらく
この世界のはじまり、宇宙は、天も地も無く、時間も空間もなく、有るのか無いのかわからない、混ざりあっているのか混ざっていないのか、もやもやとした状態で広がっていました。
そんな混沌としたなかに 「た・か・あ・ま・は・ら(高天原)」と言う声が響きました。
すると、光の粒が現れました。高天原の神々の最高神である天之御中主神(アメノミナカヌシノカミ)と、高御産巣日神(タカミムスヒノカミ)神産巣日神(カミムスヒノカミ)の神様でした。この神様たちは宇宙の心そのものであり、万物を生み出す心であらゆるところに満ち溢れておられ、性別もなく配偶神を持たない独り神さまで、その姿、形はとらえることはできませんでした。 が、地はまだ人間が住む土地として固まらず、若く、水に浮かんでいる脂のようで、海月(くらげ)のようにフワフワ、ユラユラと漂っていました。 その中へ美しい若芽がでてきました。葦が芽を吹くような生命のきざしでした。それが宇摩志阿斯訶備比古遅神(ウマシアシカビヒコジノカミ)で命の素になられました。そして天も地も永遠であるようにと、天之常立神(アメノトコタチノカミ)も現れました。この神様たちも性別のない独り者(単独神)でやはりお姿は見えませんでした。
稗田阿礼さまがそれは芳しい木の葉を震わす、風のような声で私の耳元へささやかれました。「この五柱の神々は、天つ神の中でも特別の神として別天津神(コトアマツカミ)と言います。大宇宙は、こうして男でも女でもなく、このお姿の見えない神様たちによって、見えるものより見えないもので、この世界を動かし、統一されたのです」。
次に国土が永遠に固まるように、揺らがらないように、祈る心から國之常立神(クニノトコタチノカミ)が生まれ、どっしりと大地が完成しました。広い広い果てのない宇宙空間が出来たのです。天と大地の間には豊雲野神(トヨクモノカミ)のフワフワとした星雲も生まれました。この二柱の神さまも単独神でお姿を見せられませんでした。
こうして天地の間に、宇宙のエネルギーが次第にかたまり、生命が湧き上がり、くらげのようにフワフワ漂っていた混沌の間からは、泥土と砂が出来ていきました。そして泥の神は、宇比地邇神(ウヒヂコノカミ)、砂の神は妹の妹須比智邇(イモスヒヂコノカミ)で、神々に男女の性別あらわれました。二柱は次々に、泥土から「いのち」をみずみずしく芽生え始められました。また 角杙神(ツノグヒカミ)と妹の妹活杙神(イモイクグヒカミ)も生まれ、世のすべてが豊穣になるように、また、芽生えた泥や土が散らばらないように、杙をお生みになり柵を作られたました。
「神様の名前は難しいですが、それぞれに意味があるのです。「杙」は地中に打ち込んで支柱や目印にする棒のことですね。神様はそれぞれに言霊をもってお生まれに成っていたのです」 次にいろんなものを生み殖やし、地が満ちるように清新な男根と女陰を象徴する意富斗能地神(オホトノヂノカミ)、妹大斗乃辨神(イモオホトノベノカミ)が現れ、門や戸を生んで星と星の境界を管理出来るようにされました。そして、於母陀流神(オモダルノカミ)も、生命の誕生に驚き、畏敬の念を持たれた妹の妹阿夜訶志古泥(イモアヤカシコネノカミ)も現れ、あらゆるものに命を吹き込み、姿を整え、陰と陽、男根、女根をつかさどり、生産と豊穣をつかさどられていくのです。
そして、結婚を誘う男の、神伊邪那岐神(イザナキノカミ)、妹伊邪那美神(イザナミノカミ)の女神が現れるのです。
「こうして重要なお役目を果たされた十七柱の神々がお現れになって、天地がひらいたのです。それは、百五十億年という気の遠くなるような年月がたどり着いた宇宙の始まりでした。」
「そしていよいよ日本の国生みが、日本人のご先祖となられる神伊邪那岐神、妹伊邪那美神の二柱によって始まります。」 一気にここまで、私は太安万侶さまのお書きになったたものを読み、稗田阿礼さまの鈴のようなお声にうっとりし、そして流れ来る茶畑の香りに、悠久の世界を歩くことになるのです。
<参考文献> 岩波書店:日本思想体系古事記。 小学館 日本古典文学全集〈1〉古事記・上代歌謡。 *この「古事記物語」はあくまで私が子供時代にワクワクと、心おどり読んだ、聞かせてもらった、あの心が基本になっております。本当の古事記を知りたいという方は専門書をお読みになり、ご自分での古事記を見つけて下さい。
国生みを知らずして日本人は何処へ行くのでしょう。そんなことを思います。これから、この日本で育っていく孫たちに聞かせてやりたいと思う「古事記物語」です。史実の間違い、また見解の相違のあることはお許しくださいますように。
これは後に和綴じ本に作成し
孫へプレゼントする楽しみと、実際に古事記のなかの地へ、旅する楽しみができました。雪が溶けると旅にでましょう。「やまとまほろば」に多く出会える楽しみを。 |







