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秋のご近所散歩
「旧・安田楠雄邸」
豊島園の創始者、実業家・藤田好三郎氏により
大正8年に建てられ
関東大震災や第二次大戦の被災を免れて
ほぼ完全な形で残っている東京都指定の名勝です
色とりどりの菊の花が迎えてくれました
砂利の敷かれた道を進むと
大きなガラス戸のある広々とした立派な玄関
ここは小さな裏玄関・・・それでも普通の
仕舞屋(しもたや)の表玄関程の広さが有ります
御用聞き等はこちらから出入りしたのでしょうか・・・
邸内唯一の洋間である応接間
ピアノや電気蓄音機が置かれています
大理石の暖炉を模したストーブ置場
二階の客間
庭を見下ろす
明るい日の入る書院造りです
残月の間の広い廊下・・・向こうに庭が見渡せます
縁側の前の石は沓脱石 (くつぬぎいし)と呼ばれ
履物を置いたり踏み台にする石のことです
古来日本人は大地を穢れ家を神聖なる場として
聖なる場に入る際大地の穢れの侵入を防ぐために
沓脱石を結界とした様です
沢山の雨戸を収納できる戸袋が各所に・・・
今では見かけ無くなった掃き出し窓・・・
如何にも快適にそして静かに暮らす・・・
色々な工夫の施された
昭和のお屋敷の風情を残す立派な建物です
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「旧・安田邸」から近くの薮下通りに有った
古い家の写真がありました
ここは幼馴染の家でしたが・・・20年ほど前
マンションに建て替えられてしまいました
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久々に神保町の酒場「兵六」
ここは昭和23年の終戦間もない
神田神保町で開店した昭和の酒場・・・
「兵六」の初代・平山一郎氏は鹿児島生まれ
後年、国際都市だった上海に渡り
東亜同文書院に学び諸氏と交遊・・・
かの魯迅とも邂逅しています
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当時「兵六」の初代のように大志を抱いた若者たちは
小さな島国に飽き足らず大陸を目指したそうです
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店内には初代が敬愛した
かの“魯迅”の肖像写真が掲げられています
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現在のご主人は兵六三代目 初代の甥っ子に当たる方です
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ご主人が座る頭上に・・・
セピア色になった色紙は初代が定め
沢山の客たちが守り抜いて来た「兵六四戒」・・・曰く
「他座献酬 大声歌唱 座外問答 乱酔暴論」 ☆
まずはビール
ビールの後は・・・何時も球磨焼酎を頂きます
初代の頃から変わらない上海帰りのつまみ
“炒(チャー)豆腐”
とても美味しくお酒がすすみます
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初代の愛した魯迅の詩も・・・
「横眉冷對千夫指 俯首甘為孺子牛」
(眉を横たえて冷ややかに対す千夫の指
首を俯して甘んじて為(な)る孺子の牛) ☆
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2017年11月16日
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