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柴又帝釈天に参拝した
大人の遠足の帰り道に
若い頃からず〜っとお気に入りの酒場へ・・・
神保町「三省堂」の裏の小さな酒場
昔から変わらない提灯が・・・
20数年前に木造から鉄筋にして
ひと回り狭くなりましたが
70年間変わらぬ雰囲気を伝えています
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(写真は木造の頃のお店)
この店には初代店主の平山一郎氏が作った
「兵六憲法」があります
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一、兵六では店の女がお客にお酌する事を厳禁す 一、兵六の山門内ではアルコール抜きの飲物は 一切売るを許さず
一、兵六店内の大掃除は遠慮す(創業当時の面影を留めるため)
一、洋酒、泡盛等は御遠慮申上る 一、日本の代表的な蒸溜酒の焼酎を大いに宣伝する 一、居酒屋兵六は半分は店主のものであるが 半分は社会のものと心得置く事・・・等々
‟半分は社会のもの・・・”とは
長らく海外(上海)で生活してきた
平山一郎氏ならではの酒場感で、英国のパブ同様
「酒場はパブリックスペースである」という考えあっての
条項と想像されます
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店主が孫の3代目に変わった現在も
脈々と受け継がれています 壁には中国の文学者・思想家、魯迅の写真
兵六の初代、平山一郎氏は
若き日に当時の国際都市・上海に渡り
東亜同文書院に入学・・・「魯迅」とも邂逅しています
本の町、神保町故でしょうか
作家や編集者等が多く
かって客だった沢山の文人の書が飾ってあります
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空いていれば何時も入り口脇カウンターの角席
瓶ビール
キンキンに冷えてストレートで提供される球磨焼酎 「峰の露」とチェイサーの水
※このお店に炭酸はありません
さつま無双や「兵六」他・・・焼酎いろいろ
もやし、胡瓜、鶏肉の辛し和え
旨いつまみです
開店以来70年変わらぬ、炒豆腐(チャードウフ)
どこか大陸の味わいで・・・いつも注文する料理です
炒菜(チャーツァイ)
炒麺(チャーミエン)
揚げた麺にとろみのある具材がかかっています
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心地よく酔えました♪
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昭和の時代の佳き店&酒場
[ リスト | 詳細 ]
今では数少なくなってきた、昭和の佳き時代の風を感じられる酒場を紹介します。
おすすめの店があったら、逆に、お知らせ願います。
おすすめの店があったら、逆に、お知らせ願います。
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京都
繁華街からチョッと入った細路地に有る
洒落た建物
京都は戦時中も空襲の被害を受けなかったので
こんなレトロな洋風建築も残されている様です
昭和9年(1934年)
四条小橋を南に少し下がった通りに
西洋の街角で見かける様な粋な喫茶店が開店
「フランソア喫茶室 (Salon de the FRANCOIS)」
ここはカフェではなく「サロン・ド・テ」なんです
ステンドグラスのフランス窓が素敵です
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優雅なドームの白い天井
創業者・立野正一と友人と
イタリア人留学生ら芸術家仲間が設計した当初から
サロン風のイタリアバロック様式で
豪華客船のホールをイメージした内装と調度品は
昭和初期の和と洋の融合を現代に色濃く残しています
日本が戦争へと向かい始めた頃・・・戦時色が深まり
自由な言論が困難になっていく時代に抗して
創業者・立野氏は
反戦や前衛的な芸術を議論する場として
このフランソアを提供しようとしたそうです
「京都カフェ散歩」という本によると
大江健三郎氏はマリー・ローランサンの絵が
眺められる席を指定席としていたとか・・・
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赤いビロードの椅子は座り心地も好く・・・
コーヒーをゆっくりいただきます
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お酒のメニューもいろいろ
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次回京都に来た時には
食後に大好きなカルヴァドスなどを傾け
ゆっくりと過ごしたいものです♪
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冬の京都の旅
京料理を味わうことと
古い喫茶店を訪ねることも大きな楽しみでした
四条木屋町
昭和23年開店の喫茶「ソワレ」
「ソワレ」はフランス語で「夜会/素敵な夜」の意味
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店の外壁には
詩人・吉井勇が『ソワレ』を詠んだ自筆の歌碑
「珈琲の香にむせひたるゆふへより
夢見る人となりにけらしな」
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一階が満席だったので
二階へ上がります
店内照明のブルーは
色彩論専門上村六郎氏の助言によるものだそうです ブルーは女性が綺麗に見える効果が有るとか・・・
青い優しい光に包まれた店内は
精神的にも落ち着きます
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昔ながらの喫茶店のソファー
テーブルを照らすステンドグラスランプが
より一層レトロ感を引き立てます
メニューの表紙や・・・
水グラスや・・・
ビールのコースターも
東郷青児の絵が描かれています
開店当時から名物の「ゼリーポンチ」
五色のゼリーの彩りと炭酸の泡が綺麗で
宝石のよう・・・
レトロな甘味
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店内には沢山の装飾品
コーヒーカップのコレクション
一階席の壁に東郷青児の絵がかかっていました
京都で彼の絵に親しめる店はもはやここだけの様で
貴重な喫茶店です
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秋のご近所散歩
「旧・安田楠雄邸」
豊島園の創始者、実業家・藤田好三郎氏により
大正8年に建てられ
関東大震災や第二次大戦の被災を免れて
ほぼ完全な形で残っている東京都指定の名勝です
色とりどりの菊の花が迎えてくれました
砂利の敷かれた道を進むと
大きなガラス戸のある広々とした立派な玄関
ここは小さな裏玄関・・・それでも普通の
仕舞屋(しもたや)の表玄関程の広さが有ります
御用聞き等はこちらから出入りしたのでしょうか・・・
邸内唯一の洋間である応接間
ピアノや電気蓄音機が置かれています
大理石の暖炉を模したストーブ置場
二階の客間
庭を見下ろす
明るい日の入る書院造りです
残月の間の広い廊下・・・向こうに庭が見渡せます
縁側の前の石は沓脱石 (くつぬぎいし)と呼ばれ
履物を置いたり踏み台にする石のことです
古来日本人は大地を穢れ家を神聖なる場として
聖なる場に入る際大地の穢れの侵入を防ぐために
沓脱石を結界とした様です
沢山の雨戸を収納できる戸袋が各所に・・・
今では見かけ無くなった掃き出し窓・・・
如何にも快適にそして静かに暮らす・・・
色々な工夫の施された
昭和のお屋敷の風情を残す立派な建物です
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「旧・安田邸」から近くの薮下通りに有った
古い家の写真がありました
ここは幼馴染の家でしたが・・・20年ほど前
マンションに建て替えられてしまいました
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久々に神保町の酒場「兵六」
ここは昭和23年の終戦間もない
神田神保町で開店した昭和の酒場・・・
「兵六」の初代・平山一郎氏は鹿児島生まれ
後年、国際都市だった上海に渡り
東亜同文書院に学び諸氏と交遊・・・
かの魯迅とも邂逅しています
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当時「兵六」の初代のように大志を抱いた若者たちは
小さな島国に飽き足らず大陸を目指したそうです
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店内には初代が敬愛した
かの“魯迅”の肖像写真が掲げられています
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現在のご主人は兵六三代目 初代の甥っ子に当たる方です
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ご主人が座る頭上に・・・
セピア色になった色紙は初代が定め
沢山の客たちが守り抜いて来た「兵六四戒」・・・曰く
「他座献酬 大声歌唱 座外問答 乱酔暴論」 ☆
まずはビール
ビールの後は・・・何時も球磨焼酎を頂きます
初代の頃から変わらない上海帰りのつまみ
“炒(チャー)豆腐”
とても美味しくお酒がすすみます
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初代の愛した魯迅の詩も・・・
「横眉冷對千夫指 俯首甘為孺子牛」
(眉を横たえて冷ややかに対す千夫の指
首を俯して甘んじて為(な)る孺子の牛) ☆
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京都の帰り
旅の疲れを癒そうと熱海温泉に途中下車して・・・
熱海の景勝地
錦ヶ浦に建つリゾートホテルに宿泊
ホテルの1階のちょうどこの左に
波音を聞きながら入浴できる露天風呂が有り
癒されます
波打ち際のレストラン
夕食時は毎晩ディナーショーが開催されます
料理とお酒それに音楽が加わると
より食事が楽しくなります♪
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熱海
ホッとする昭和の散歩道
昭和27年創業の喫茶店
「ボンネット」
看板に描かれてるように帽子のボンネットです
「三島由紀夫」「越路吹雪」「谷崎潤一郎」など
多くの文化人達が愛した店は今も変わらず
創業当時から
ここは熱海にある東京の銀座と言われた場所でした
二階に上がる階段・・・今は使われてません
三島由紀夫が愛した
ボンネット名物ハンバーガー
ハンバークを焼きパンを焼きポテトを揚げるので
出て来るまでに少し時間がかかります
オニオンとレタスをはさんで食べます
もうひとつの名物
チキンバスケット
大きなチキンのかたまりが3つ
トーストとポテトも付いて量もたっぷり〜♪
肉は柔らかくジューシー
ビールもすすみお腹いっぱい♪
店内に飾られた写真・・・
マスターがまだ若い頃のお客さんとの一枚です
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歩いてすぐの所にもう一軒
昭和のジャズ喫茶があります
昭和39年開店の「ゆしま」
以前はママ一人でしたが今は息子さんもお手伝い
ウッドベースが天井から吊り下げられています
ママが好きなものを切り抜いて飾ったようです
黒板に新盤が書き出されています
カウンターとテーブルが3つの狭い店内も
圧迫感が無く
何故かゆっくりと落ち着く店です
ママさんは何と93歳!・・・
いつまでもお元気でいてほしいと祈ります
(*^^*)
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