人生は気儘な旅と好きな居酒屋・・・やっぱり非日常が安らぎです〜♪

☆戦後一番危険な世の中に突入中・・・さてこれからどうなるか・・・国民のしっかりした意識が問われる時です。

フランス日記

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仏蘭西に住んでいた頃から、パリの酒場にはたくさんの思い出があります。
毎日浴びるように安ワインを飲んだり、
大好きな三ツ星レストランに通って、シャンパン三昧だったり、
カフェのおやじさんの故郷のワインを紹介してもらったり...。
ただ最近は、パリを再訪するたびに、
変わりゆくビストロやカフェの現実を目の当たりにして、
少々切なさも覚えています...。
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パリ滞在中は、ずっと曇り空でした・・・。
 
 
 
 
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パリ5区、ムフタール。
この界隈も懐かしい場所・・・
 
 
 
 
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コントルスカルプ広場。
思い出の深い、一番好きな広場です。
 
 
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初めてこの広場に来た頃は、
中央の噴水も、周りの囲いもなく、石畳の中央が地下鉄の通気孔になっていてあたたかい空気があがってくるので、冬には浮浪者に格好のねぐらとなっていました。
 
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広場の周りは、いくつものカフェに囲まれています。
 
 
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ちょうどこのカフェの上に知人が住んでいて、よく訪ねました。
 
 
 
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広場の片隅にある時計塔。
他ではめったに見られない、いいアクセントになっています。
 
 
 
 
コントルスカルプ広場からわき道にそれると・・・
 
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この落書きは、「白い男」(メスナジェ作、1961生まれ)
パリ下町の20区を中心に、
取り壊しの決まった家等によく書かれているとのこと・・・
 
 
 
 
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ここも懐かしい路地・・・
 
 
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「光明酒家」
 
ムフタールの裏通りに50年以上前からある、
ベトナム風中華食堂。
昔から、パリに住む多くの日本人画家や芸術家たちが
若かりし時代、この店オリジナルのドミソース(ラーメン風)やドミソテー(焼きそば風)のメニューを目当てに訪れたようです。
 
 
 
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私も貧しかった学生時代には、少しお金が入ると友人たちを誘って。
2〜3品の料理をみんなで分け合い、その頃店においていた1リットル瓶に入った安いロゼワイン(今はもうありません)をがぶ飲みしました。
 
 
 
 
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パリの小中学生は、みんなフードのついた上着を着ています。
休み時間は天候に関係なく教室を閉めて外に出されるからだと聞きました。
 
 
 
 
 
 
 
パリ左岸、セーヌ川そばの地下鉄サン・ミッシェル駅。
 
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地下鉄の入り口のアールヌーヴォーのデザインは、
エクトール・ギマール(建築家、1867〜1942)によるもので、モンマルトルの麓のアベス駅などにも見られますが、今では数少なく珍しくなってしまいました。
 
 
 
 
 
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サン・ミッシェルの裏通りには、
ブロシェット(串焼き)が名物のギリシャ料理屋や、
アラブなどのエスニック料理店が多くあります。
 
 
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ここ「オーボンクスクス」は、
学生時代に初めてクスクスを食べた店。
 
 
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その頃は、薄汚れた店内に木でできたテーブルと椅子があるだけで、クロスはかかっておらず、紙のランチョンマットがのっているだけでした。
 
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私はいつも(写真ではドアの左)窓際の席に座り、
道行く人をながめながら、
クスクスのスープと粉をおかわりして(無料)
1リットル瓶に入ったヴァンドターブル(店で一番気軽なワイン)を飲んで、居酒屋代わりに使っていました。
 
 
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アルジェリアの赤ワインを普通のボトルで飲みます。
この店も、もう1リットルワインは置いていません。
ずいぶん、品がよくなりました・・・
 
 
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羊の骨付きロースト
 
 
 
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大ぶりの野菜がごろごろ入ったクスクスのスープ♪
 
 
 
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このスープを、
スムールという粉(100%デュラムセモリナパスタ)に
じゃぶじゃぶかけながら食べます。
黄色いレーズンは甘み、赤い調味料は辛いハリーサ、
好みで混ぜます。
 
 
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大好物の羊の煮込みは、クスクスにピッタリ!
 
 
 
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左にあるポワシシュー(ひよこ豆)は、特に美味しいわけではありませんが・・・
たとえ日本でも、クスクスにはこれが入ってないと寂しい気がします。
 
 
 
 
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地下のトイレ
 
 
 
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地下にも、客席がありました。
本当に見違えるようにきれいになりました!
 
 
 
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懐かしいパリの味、クスクス。
 
特に冬の寒い日。
あたたかい鍋料理のないパリで、
体を温めるためによく食べたものです・・・
 
 
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訪れるたびに、懐かしい店がことごとくなくなり、
店は残っていても、
様変わりして昔の面影は薄れていきます。
 
東京にも言えることですが、
馴染みの店、懐かしい風景が無くなっていくのは
寂しいものです・・・。
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フランス、パリ。
学生時代からファッションの会社に就いてからも、
長く住み慣れた街。
その後、毎年のように訪ねていた時期もあり、
本当に懐かしい町です。
 
 
この日は空は翳り暗雲がたちこめて、
私たちを迎えてくれました・・・
 
 
 
 
 
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最初に住んだアパルトマンは、
オペラ座の近くでした。
 
この界隈は、
小さな路地にも思い出が詰まっています。
 
 
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ヴァンドーム広場のオベリスク
(有名なホテルリッツはこの広場に面しています)
 
 
 
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学生時代からよく通ったワインバー「リュビ」♪
 
ここでは昼間から、老マダムや老紳士たちがのんびりとワインを楽しみ、夕方からは近所のサラリーマンが会社帰りに立ち寄って、今でもとても賑わっています。
 
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「サンロック教会」の壁に作られたこの店は、三十年前初めて見たとき、客椅子が二席だけの床屋さんでした。
その後、花屋になったのですが、今回はこんな店に変わっていました。
店の上に書いてあるようにこの建物ができたのは、1658年です・・・!
 
 
 
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サントノーレ通りのサンロック教会のすぐそば、
この赤い格子柄の建物が、私がパリで最初に住んだアパルトマンです。
ここは当時通っていた学校に近い場所。
そのころ一階は肉屋さんでよくステーキや煮込み肉を買ったものです。
 
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この最上階、
(ラ・ボエームの歌であこがれていた)屋根裏部屋から、
パリの生活がはじまりました・・・。
 
 
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ドイツやスイスへ向かう国際列車の起点になっている
パリ東駅。
 
ここから、また懐かしい場所へ向かって散歩・・・
 
 
 
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懐かしいカフェの前を通って・・・
 
 
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サンマルタン運河の畔。
 
昔から大好きな散歩道です♪
 
 
 
 
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運河の橋の上で飲むビールは、
格別です♪
 
 
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運河沿いにある「HOTEL DU NORD」(北ホテル)は、
今はレストランとして残っています。
 
ホテルとは言っても、ここは昔、
貧しい人々が長期滞在をして、悲しみや苦しみ愛憎劇など、いろんな人間ドラマを繰り広げていました・・・。
 
 
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私はここに住みたくて、何度も、このホテルのガーディアン(管理人)を訪ねたのですが、
いつも「コンプレ(満室)」と断られてしまいました。
本当に自宅のように長い期間住んでいた人たちばかりだったようです。
 
 
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サントノーレのアパルトマンのあと、北ホテルにあこがれ、レ・アール(元、中央市場)の近くの古い小さなホテルに数ヶ月暮らしました。
その後、このサンマルタン運河沿いの上流に作られたばかりの近代アパルトマンに引越し、パリに腰を落ち着けた生活が始まりました・・・
 
 
 
オテルデュノールに乾杯・・・♪
 
 
 
 
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パリ市内は7階ほどの低い家並みで統一されていますが、このあたりはパリの町外れなので こんな味わいのないビルを建てることが許されているようです。
 
 
 
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この景観も変わってしまいました。
来るたびに心の中にある美しいパリが遠のいていきます。
 
 
古い町並みに囲まれた散歩が楽しめたサンマルタン運河も、今では、あの頃のような古いパリの町を歩いている郷愁が
すっかり味わえなくなりました・・・。
 
 

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私が巴里で暮らしていたとき、

我がアパルトマンはサンマルタン運河沿いにありました。


映画になった『北ホテル』等も近く、

また運河沿いにあった行きつけのカフェは、

何時行っても知った顔に合い、

気軽に話しかけてくるので、

一人で行っても楽しく酒に酔えました。


巴里下町の辻を歩いていると、

大きな木枠にガラスを入れて背負った

「ガラス屋=窓ガラス修理師」を見かけました。

ガラス屋が歩きながら大きな声で「ヴィトリ〜ヌ」と叫んでいると、

アパルトマンの5階の窓が開き、

「上がってきて〜」と手を振る客が・・・。

のんびりとした良い時代でした。


先日。

(前回紹介した)下町の“角打ち”酒場に入ったら、

ふと、巴里を思い出す光景に出会いました。


温かな人情のある、

あのころの良き巴里が思い出されました・・・。

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海外に行くと、日本の居酒屋のような店は少ない。

旨い料理があっても酒がいまいちだったり

カフェやパブで飲むのは楽しいが、いわゆる“つまみ”がなかったりする。

概して、フランスのレストランは皆、一品料理のボリュームがめちゃくちゃ多いのだ。

パリには昔住んでいた頃から、居酒屋代わりによく利用した大衆食堂があって、

今でも変わらずたくさんのファンに愛され、残っている。




創業110数年は越えるだろうこの『シャルティエ』は図書館を改装して作られ

天井はかなり高くゆったりとしている。

酒は、ボルドーワインをはじめ各地方のワインがあり、

他にもウイスキー。アブさん、カルバドスetc。

本物のシャンパンも破格の値段で呑める。

ちなみに今日におすすめワインは、大ボトルで一本500〜600円くらい。




料理も、他のフランスレストランではありえない

“おつまみメニュー”が目白押し。

たとえば、(ちょっとわかりやすく和訳すると)

トマトスライス、セロリマヨネーズ、ポテトフライ、ハムやサラミのスライス、

ゆで卵のマヨネーズソースがけ、もやしのナムル風、ゆでトウモロコシまるごと1本、

豚の煮こごり、牛肉の煮込み、ボイルビーフの冷製、

チーズ、菓子類...その品数や圧巻だ。

前菜と書かれたメニューは量も多くなく、全体的に居酒屋値段なので、

日本の居酒屋と同じように、いくつも皿を並べて

好きなようにつまんで呑めるというものだ。




会計の際は、ウエイターがテーブルにやってきて、

ランチョンマット代わりにひいてあるわら半紙の上に、

足し算の数字を並べて、合計金額を書きなぐって終わり!




なんとも居酒屋っぽく面白い。

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