全体表示

[ リスト ]

昨年6月に宮古島にある「アリランの碑」を訪ねたときのことを、月刊「イオ」に書きました。
梅雨明けの猛暑の中、地元の与那覇博敏(78)さんの案内で「慰安所」のあった一帯を尋ねました。

イメージ 1

与那覇さんは、幼いころ「慰安婦」の少女たちと話したことがあるそうです。「美しい姉さんたちだった」と何度もおっしゃっていました。
当時、敵軍に包囲された宮古島は、空襲と飢えとマラリアで、まさに地獄だったそうです。
そんな中、訳もわからず、見たこともない島に連れてこられて、「慰安婦」にされ、心も体もことごとく踏みにじられながら、ひたすら虐待に耐えていた彼女たちが、今なら中学か高校生くらいの幼い少女たちが、山の泉に洗濯に行くために歩いたという道を歩いてみました。
今では野原と畑に囲まれたのどかな道を、思い出すたびに胸のあたりがヒリヒリします。

詳しくは月刊「イオ」2月号を

閉じる コメント(0)

コメント投稿

顔アイコン

顔アイコン・表示画像の選択

名前パスワードブログ
絵文字
×
  • オリジナル
  • SoftBank1
  • SoftBank2
  • SoftBank3
  • SoftBank4
  • docomo1
  • docomo2
  • au1
  • au2
  • au3
  • au4
投稿

.


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事