全体表示

[ リスト ]

震災から5か月が経ちました。あの日、家にいた私は、地震の後につけたテレビの画面にくぎ付けでした。津波に襲われる被災地の映像は今も頭にくっきり焼き付いています。
二、三日して友人から「仙台に遊びに行っていて被災した姪が無事帰ってきて、『あっちでは日常を取り戻そうと頑張っているのに、東京で浮足立っていちゃダメじゃない』と言っていた」というメールが来ました。でも正直、私にはその意味がよくわかりませんでした。原発事故も相次ぎ、地震から一週間たっても、何が起こっているのかさえわからない状況でした。
そんな矢先、実家の母が手術をしました。
あれから五か月。どんなに時間が過ぎても、3.11以前に戻ることはできません。あの頃の「日常」はもうないのです。
東北の朝鮮学校の崩れた教室、灼熱の太陽が照りつける福岡の朝鮮学校の校庭で放射能の除染に汗を流す全国から集まった同胞たち、「フクシマ」という言葉を聞くたびに「また何か」と高鳴る鼓動、そして痩せて半分になってしまった母…。
今日、テレビのコメンテーターが「3.11で『すべては有限なのだ』ということを再認識した」と言っていました。そう、すべてのことには限りがあるのです。だからテレビを見たり、本を読んだり、家族や友人と一緒に食事をしたり、笑ったり、泣いたり、喧嘩をしたり、そんな「日常」の些細な一つ一つが大切に思える今日この頃です。

閉じる コメント(0)

コメント投稿

顔アイコン

顔アイコン・表示画像の選択

名前パスワードブログ
絵文字
×
  • オリジナル
  • SoftBank1
  • SoftBank2
  • SoftBank3
  • SoftBank4
  • docomo1
  • docomo2
  • au1
  • au2
  • au3
  • au4
投稿

開く トラックバック(0)


.


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事