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デイサービスが年末年始の7日間休みだから。
女性一人というのはうちの義母(93)だ。
もうひとりは親戚のMさん、義母よりひとまわり以上も若いけど、物忘れが進み
骨粗鬆症が大手術するほど重傷で、私のみたところウツにも襲われているようだ。
下着を脱ぐのもやっとの作業で、あぶなっかしい足どりの二人を浴槽に沈めるまでが
一苦労だった。
二人には歴然とした違いがあった。
義母は何でも一生懸命自分でやろうとする。手を貸すと不快を示す。
浴場でイスに座らせ湯を出して上げると、自分でさっさと体をこすっている。
髪を洗うのはされるがままになっていたが、シャワー掛けてすすいであげても
「ここに石けんが残ってる。ここ、ここ」と注文をつける。
湯から上がったとき、脱いだばかりの下着をまた身につけようとしているので
「それじゃないよ、こっちよ。着替えを自分でもってきたじゃん」と促しても
「こっちでいいんじゃ! 朝に着がえたばかりだから、これでいい!」と譲らない。
下着を脱ぐ時もどうしていいか、迷っているし、体を洗うときもイスに座ったまま
段取りが思いつかない様子で、洗ってくれるのを待っている。
体をだらんとあずけて、ごしごしぶくぶく、されるがままに洗われている。
物忘れは、度合いの問題じゃなさそうだ。
Mさんの方が物忘れがひどいかというとそうとも言えず
会話のやり取りや人間関係などは、Mさんの方が義母よりしっかりしている。
義母が、この温泉に前に何度も入っているのを忘れて
「ここにこんな良い湯があったとは! 始めて知った!」と5分おきに連発するのに
Mさんは「前にもよく来たよ。忘れたんやろ?」と答えていたが
3回目からは「ふんふん」と相づちを打って、合わせていた。
義母はMさん初め、まわりの人の存在が全く意識に入ってない。
ガラス戸を空けて人が次から次へと入ってくるたびに,大声で
「うわ〜!寒い。どうしたんか!早くなんとかしてくれ。寒い、寒い」
ガラス戸が空くたびに、童女のように顔をしかめて、私に訴える。
寒い風といっしょに人が入ってくる、という意識はまったくないのだ。
人の手を取るということ
精神的にも物理的にも、手を取るのは義母だ。納得するまで説明させておいて
説明するそばから忘れ、また説明をくり返させるので、
受け答えにうんざりすることも多い。
Mさんはされるがままだから手を取らない。介護の技術があればもっと楽だろう。
でもMさんは表情が乏しく暗く、よほどの身内がつなぎ止めておかないと
向こう側(どこかよく分からないが)にどんどん行ってしまいそうな・・・。
義母はうるさくてたまらないけど、生命の輝きがある。
「子どものころ可愛がられなかった」と言うのが口癖だったハングリー精神が
「自分のことは自分でやる」習慣を作っていて、
それが健康な体と強い生命力になっているのだろう。
「手を取る」と言うことは生きているあかしだ。
人間はひとりでは生きられなのだから、
何らかのカタチで「人の手を取る」のが当り前。
取ったり取られたり、熾烈な生存競争だ。
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身の回り
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昨日の続きの今日だけど、新しい年 2012年!
去年以上に大変な年になると思われるから、腹をくくっていこう。
●自分を保つ
●常に情報をキャッチして、曇りないカンで取捨選択する
●人には誠実に
●見える形でも見えないカタチでも、残るものを作る
●一日の時間の使い方を意識して、残せるもの作りに関わる
そういうことを考えた年頭です。
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その一方で、日々を生きなければならない 普通の日常も続いている。
泣いて苦しんでも、笑って愉快になる。そしてまた苦しむ。また笑う。
感情の歯車に がしっと食い込んで 回っていこう。
空回りになって、感情を置いてけぼりにしないように!
感情が付いてきているかどうか、常に確かめて。
確かめる相手はいるの? 勇気を出して感情を出して甘えて!
玄関飾った門松もどき。
写真に撮ると茫洋として見えるけど、実際はバランスよくまとまってます。
少しでも発信したいという思いからでした。
そして、3.11東電福島第一原発の大事故大惨事がおこり、原発のことを
考えざるを得ない毎日となりました。
遠く九州にいてもまだ苦悩の日々です。
でも、ブログを始めたという点では、2011年は記念すべき年になりました。
始めて本当によかった。少しずつ素顔が手足の伸びをしています。
一日いちにちを、キチンと意識的に生きる癖がつきそうです。
拙いブログに訪れた方々、暖かいコメントを残して下さったあの方この方の
おかげです。ほんとうに感謝しています。
皆様に幸多からんことを!
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夫は、隣保班の所有する山のことで森林組合に行ったりなんかでバタバタしてる。
義母は、家に一人でいる。暖かい日ならそとで大好きなゴミ(木切れ)焼きや
草取りができるが、このところ外に出る気になれなかったほどの寒さだった。
そんな時、少しヘンになる。
私が昼前に帰っていっしょにごはんを食べ、またちょっと出て4時頃帰って来ると
義母が目を吊り上げて家から出てくるのにばったり。
「あそこの崖から降りようとする人が、降りるに降りれん、上がるに上がれんで
往生している。助けに行かねば!」と気持ちだけは血相かえて
体はのろのろと、ハシゴを取りに行っている。
「ちょっと待って。どこよ?」
「あそこ! あの木の下じゃ! 黒い服を着ている」
「お義母さん、あれは木のカゲよ。人じゃないよ」
すごい形相になって声も一段と強くなって
「何を言うか。木のカゲと人を見間違うわけなかろう」と言い張る。
「よく見てよ。人がおるね?」
「なら、落ちたんだろう。道路に落ちとるはずじゃ!」
こうなると説得すればするほどラチがあかなくなる。前にも同じ感じが何回か
あったことを思い出したので、もう逆らわないことにした。
それで、いっしょに「落ちた人の様子」を見に行くことにした。
私も自分本位だから単につきあうのはゴメン、畑仕事を兼ねてのついでだ。
「おかしい。おらん」
「自分で降りて、家に帰ったんでしょう。よかったね」
私が、急に寒くなった3週間前からのペンディングだった 大根引きを
はじめると義母は ぱらっと気持ちが裏返ったのか
「そんなにたくさん引いて食べきれるのか?」「持って帰れるのか?」
「大根が寒さで凍みるから、大きな穴を掘って埋めとくんよ」
「そんなら、ワラをかぶせて暖かくしておきなさい」と昔を思い出したようだ。
それからは
「真ん中へんにワラが足りん」とか「もっと土をかぶせて」とか、いつもの
指導モードに入って、「落ちた人」のことはすっかり消えてしまったみたい。
おかげさまで、大根の始末だけでなく年末用の里芋や人参も掘ることができて、
短い時間のうちに ひと仕事完了!
「くそばばぁ!」と思うこともなく、結果オーライの夕暮れ時でした。
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今日は予報通り、雪が積もっていた。
早朝4時半から加工所へ。
頼まれ(注文)の餅つきと 道の駅などに出荷するおにぎりなどを作る。
これから、頼まれ餅が忙しくなる。とくに28・29日は目白押しだ。
観光ホテルや旅館、お店、小企業に加えて、一人暮らしのお年寄りや青年などの注文。
加えて最近では田舎でも自宅で餅つきをしない家がだんだん出てきている。
紅葉の時季を過ぎたら、道の駅のお客足がどっと減り出荷しても売れ残る時期と
あって、頼まれ餅が多いのはうれしい悲鳴。でもタイヘン。でもうれしい。
機能に頼った「なんちゃって年賀状」だ。
龍と原発をアレンジして福一を封じ込めることができるよう、祈りをこめた。
先の戦争に匹敵する大惨事が起こった、歴史に残る年だった。
そして悪夢はまだ続いている。少なくとも続いていることを意識しつつ
道を踏み間違えないよう歩いていかなくちゃ! とクリスマスに思った。
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