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いつでもどこでも流れていて、大人も子どもも歌っていた。
「お富さん」1954(昭和29)年〜 春日八郎(かすがはちろう)歌
大人に交じって大声を張り上げていたものだ。
いきな黒べえ みこしの松に あだな姿の 荒い神
死んだはずだよ お富さん
生きていたとは おしゃかさまでも 知らぬ仏の お富さん
エ−サホ− エンヤラナ〜
粋な黒兵衛さんが、まつりのお神輿(みこし)をかついでるよ。
そのお神輿の松飾りには、あだな(語感から すごい・荒々しいと理解)姿の
荒神さま(かまどの神様)がまつられている。
死んだと思われてたお富さんが生きていたから、よかったよかった。おまつりだ)
エ−サホ− エンヤラナ〜(神輿をはやすかけ声)
というふうにクッキリしたイメージが浮かび、この歌を完全に理解していると
・・・思っていた。
ところが高校生になって、「日本史」で以下を教わりびっくり仰天してしまった。
与話情浮名横櫛【よわなさけうきなのよこぐし】歌謡曲「お富さん」はこの有名な歌舞伎をベースにした珍しい歌なのだ。
この芝居で最大の見せ場が「源氏店」の場で「お富さん」の歌になった場面。
正確な歌詞は 粋(いき)な黒塀(くろべい) 見越(みこ)しの松に
婀娜(あだ)な姿の 洗い髪(がみ)
死んだはずだよ お富さん 生きていたとは お釈迦様でも 知らぬ仏の お富さん エ−サォ− 玄冶店(げんやだな) 他人の妾であったお富さんと
許されざる恋に落ちた与三郎は相手の男にばれてメッタ切りにあい、お富さんは
海に落ちた。
九死に一生を得た与三郎は三年後、松の木が見える黒塗りの塀の家で死んだはずの
お富さんと出会うというシーン。
見越しの松とは、塀ぎわにあって外から見えるようにした松の木。
その松ごしに与三郎は見た!洗ったばかりの髪を乾かしている妖艶な姿のお富さんを。
玄治店とは地名だが、ココでは妾宅というニュアンスで使われているようだ。
名歌謡「お富さん」の歌詞は以下のように続く
過ぎた昔を恨むじゃないが 風もしみるよ傷の痕(あと)
久しぶりだな お富さん 今じゃ異名(よびな)も切られの与三(よさ)よ
これで一分じゃ お富さん エーサオー すまされめえ
かけちゃいけない他人の花に 情けかけたが 身の運命(さだめ)
愚痴はよそうぜ お富さん せめて今夜は さしつさされつ
飲んで明かそよ お富さん エーサオー 茶わん酒
逢えばなつかし 語るも夢さ 誰が弾くやら明けがらす
ついて来る気か お富さん いのち短く 渡る浮き世は
雨もつらいぜ お富さん エーサオー 地獄雨
(作詞:山崎正 作曲:渡久地政信)
昔の歌詞は、唱歌でも歌謡曲でもなかなかに 味が濃い。
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