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白露の声を聞くと季節もだいぶ秋の気配が感じられる。歩くには快適な季節だ。 今回(9/13)は前回終点としたJR青堀駅から歩き始めて飯野陣屋跡、古墳群を訪ねて富津岬の先端まで行き、布引海岸を辿ってJR大貫駅まで歩いた。(地図上で20キロ) JR青堀駅 内房線も君津から先は一時間に2本ほどの運行本数になる。スイカ(パスモ)も使用出来ない。 ローカル駅の雰囲気がよい。 飯野陣屋跡 最初に内裏塚古墳を訪ねるつもりで歩きだしたのだが迷ってしまった。里道は難しい。GPSで現在地を確認すると飯野陣屋に近いところに居ることがわかった。そこで順序を換えて飯野陣屋跡を最初に訪ねた。 ここは信州高遠藩の城主保科正直の三男正貞が築造したもの(1648年) 衛星写真をみても堀をめぐらせた広大な敷地がよく分かる。(約4万坪、日本三大陣屋の一つで跡地が唯一現存する) 内裏塚古墳 次に内裏塚古墳を訪ねる。 この付近一帯は小糸川流域を中心に支配していた須恵国造一族の墳墓と推定されている飯野古墳群である。 これはその中でも最大のもの。案内板があるのでそれと分かるが近くで見ると古墳とは分からない。道路脇からすぐの踏み跡を登る。 三角点 2万5千の地形図で古墳上に三角点があるのを見つけた。 国土地理院のサイトで調べてみると四等三角点であった。 事前に位置をを調べておいたので藪をかきわけ容易に見つけることが出来た。 それにしても薮蚊がものすごい。早々に次の目的地稲荷山古墳に向う。 稲荷山古墳 衛生写真でみるとはっきりとした前方後円墳の墳墓であることがわかる。 長さ106メートル。6世紀後期のものとしては東日本最大という。 発掘調査で円筒埴輪列が墳丘の裾に隙間なくめぐらされていたと案内板に記されている。 飯野古墳群 富津岬付近をグーグルアースで調べているなかで古墳の存在を知った。ぜひ古墳を訪ねてみたいと思い現地を訪ねたが、実際のところ外からの景色では古墳となかなか判別しにくい。 やはり古墳は衛星写真に限る。 里道 国道16号線とほぼ平行してジグザグに走る里道をたどった。 昔疎開していたころの田舎の道を思い出させる風景だ。 里道はいつも期待を裏切らない。 富津漁港 里道から国道16号線に出てしばらく行くと国道465線の始点が出てくる。 さらに富津岬の方向に辿ると16号線の終点である。 ここから右折して狭い路地をすぎると富津漁港に出た。 穴子天丼 近くの食堂で名物穴子天丼を食べる。(1,300円) ほんとうは新聞の地方版で紹介されていた「海堡丼」を食してみたかったが8月末までの限定らしく無いということであった。 店の板さんは「海堡丼」と言っても海鮮丼と同じと内幕をばらしてくれた。 渚の子供たち 漁港を右に見ながら富津岬の先端に向う。 今日は土曜日家族連れの観光客も多い。子供たちが水際で戯れている。 展望台 松林の中の道が途切れて富津岬先端の展望台に到達する。 第一、第二海堡 東京湾に突き出た岬の沖合いに第一、第二海堡が見える。 明治になって東京湾の防衛上からこの海堡が作られた(1890年完成) 当時の砲弾は飛距離が短く、そのため海堡が造られたものだが一発の砲弾を発射することなく役目は終っている。 伊能図 伊能図では富津岬の先端の途中から測線が折返して先端はまだ先があるように描かれている。 現代図のどの辺まで測線を延ばして引き返したのであろうか。 トレーシングペーパーに伊能図の海岸線と測線を写してグーグルの衛星写真に貼り付けてみた。 海岸線は第一海堡近くまで伸びている。しかし測線の折返し地点の判別は難しい。 明治初期の地形図 そこで明治前期の地形図(迅速図)を見てみた。 すると富津岬の先端の地形が現代図と大分違っている。砂州が点々と沖に伸びている。点在する砂州の先端は現代図では第一海堡手前付近である。 伊能隊は潮汐の干満による海岸線の変化も加味して安定した海岸線を地元の漁民から聴取してそこまで測量し、その先はスケッチで海岸線を描いたのではないかと推測する。 海岸線は東京湾の海流や大地震による海底の隆起によっても変化する。また潮の干満によっても砂州が沖まで連続して出現したり点在するようにもなる。 実際に関東大地震で海底が隆起し第一海堡まで陸続きになったという。しかし潮流の影響で現在の姿になったらしい。いまも海と陸の攻防が続いている。 伊能隊が折返した地点は明治初期の地形図から予想すれば現在の富津公園のジャンボプールの先400mあたりであろうか。 展望台からの眺め 展望台から松林の右に長い布引海岸が見える。 しかし今日は水蒸気が多いせいか下州漁港などはハッキリしない。 今日の終点は6キロ先である。 布引海岸 渚には打ち上げられた漂流物が多い。東京湾内のせいか外国の物はない。 打ち上げられた魚にカラスが群がっている。 歩く前方を千鳥が小走りに先導する。 振り返ると展望台はだいぶ後方にかすんできた。 のり舟 下州漁港にはたくさんの海苔舟が並んでいた。同じメーカーの船外機である。 近くでは漁民が海苔養殖の日除けの補修に余念がない。 陸上で採苗しそれを海水温が下がるまで一旦冷蔵保存すると話してくれた。 帰ってから海苔の作り方をWEBサイトで調べてみた。 大変な工程をへて海苔がつくられていることが分かった。 海水温にも大きく影響される。 採苗設備などの陸上設備と労働集約の産業である。 波消しブロック 2万5千の地形図の中で、大貫海水浴場から南の浜辺の沖にドットを打った記号が9個連なっているのが気になった。 記号の凡例にもない。現地で確認してみると波消しブロックであった。 後方に磯根崎と東京湾観音の後姿がうっすらと見える。次回歩くコースである。 散歩中の老人に磯根崎から新舞子海岸までを磯づたいに歩くことができるか尋ねると、可能とのことである。 次回は潮まわりを調べて干潮のときに通過するよう日程を決めることにする。 JR大貫駅 やっと今日の終着点についた。 前回歩きすぎて持病の腰痛に苦しんだ(完治に2週間を要す)今回はセーブした積りであったがGPSログでは27キロになってしまった。 今朝スタートしたJR内房線の青堀駅の次の駅は、このJR大貫駅で富津岬を廻るとどうしてもこの位歩くことになってしまう。
腰痛が再発しないことを願うばかりだ。 |

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相変わらず徒歩の旅を続けていますね。
どこまで行く計画ですか。
2008/9/16(火) 午前 10:53 [ 金子 ]
とりあえず磯づたいに房総南端の野島崎まで行きます。次回は竹岡まで足を伸ばします。竹岡の有名なラーメン店に寄ってみようかと思っています。ねこちゃんですよね!?
2008/9/16(火) 午前 11:45 [ senior style ]
一気に進みましたね、三角点を手探りで探し出すとは、ビックリ、穴子丼美味そう。伊能図と迅速図の違いまで細かく分析凄いです「ポチ」。大貫駅は懐かしい。
2008/9/16(火) 午後 8:55
ウォーキングシーズン到来です。これから磯づたいのルートになります。焼き魚、煮魚いろいろ食べられそうで楽しみです。古墳の上に三角点があるのは珍しいと思いませんか?藪の中の小枝に赤布がありましたので近くに三角点があると直感しました。
2008/9/16(火) 午後 11:19 [ senior style ]