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師走は何かと気が急く。今年中に野島崎まで到達したいと考えていた。 年末のスケジュールと天候を考えて12/15−16に館山から野島崎までを歩いた。(46.2キロ) そして、12/16 15:42 野島崎灯台に達した。 幕張をスタートしてから延べ 15日間、276キロ の行程であった。 歩くという人間にとって基本的なことを、あらためて素晴らしいと感じた旅でもあった。 日本の海岸は美しい。来年は 銚子 まで歩を進めてみようと思う。 (第1日目 12/15) 今朝は冷え込んだ。車窓の田畑に霜が光る。 通学の高校生が、ひとしきり車内を賑わしたが上総湊をすぎるとほとんど空席となり持参の朝食をとる。 JR館山駅を9時に歩き出す。海岸通に出ると工事中の公衆トイレの向こうに今朝も富士山が迎えてくれた。 海岸通りを800メートル南に行くと 千葉県立安房博物館 が出てくる。 入口からのぞくと色鮮やかな 鯨の万祝(まいわい) が目に入ってきた。 万祝とは網主(船主)が網子(船子)に配る 祝い着 のこと。人物、漁労、吉祥など様々なデザインがあるらしい。じっくり見学してみたいものだ。 (博物館は現在工事中で来年3月末までは見学できない) 伊能忠敬測量日記には ・・柏崎浦、沼村の内、海中に沖島、高島ありて船がかりによし。・・ と記された二つの島は、今では両島を結んで海岸まで埋め立てられ航空自衛隊基地になっている。 埋立て地の旧海岸のへりを周って海岸に出た。地図で確認すると「香」という所だ。 「こうやつ」と読む。伊能中図にも出てくる村である。静かに波が打ち寄せる眺めのよい海岸である。 沖にむかって鳥居と常夜燈があった。文政二年と彫られている。近くにお茶の水女子大学の臨海施設がある。 近くで「ハバ海苔」をとっていた女性に鳥居や常夜燈について尋ねてみたが不明であった。 「ハバ海苔」は、ここ房総では正月の料理に欠かせないという。雑煮入れると香りがあって美味いらしい。 ハバとは「幅をきかせる」ということから縁起のいい物と教えてくれた。 ここは波左間(はさま)港。 岩壁にユーモラスな マンボウの絵。 船底から海中を見学できる観光船の発着所となっている。 房総には難解地名が多い。 これは 坂田「ばんだ」と読む。 坂田の岬を周ると 洲崎灯台が見えてきた。 「岬めぐりの・・・」と思わず口ずさんでしまうほど、岬には心地よい響きがある。 岬の先に何かいいことがあるように思えてくる。 洲崎灯台は東京湾の入口にあって三浦半島の剣崎灯台とならんで海の安全を守っている。 水面からの高さ45メートル。剣崎灯台とは光の色や点滅を変えて位置を知らせていると案内板で解説している。 伊能測量隊はここ洲崎で富士山、大山、、天城、大島を観測するために海面が晴れるまで4泊している。 地図の精度を上げるための観測である。 灯台から海上約40キロ先に 伊豆の大島 とピラミッド型の 利島 が見えてきた。 全島避難を余儀なくされた1986年(昭和61年)の 大噴火 ときにはもの凄い光景が見られたという。 海岸に向かって鳥居が出てくる。 参道に導かれるように辿ると県道に面して 一宮洲崎神社 が出てきた。 長い階段の先に社殿がみえる。160段近い階段を登ると照葉樹の原生林に佇む社殿があった。 信心深くはないはずが思わず手を合わせるのも安全にここまで来た感謝の気持ちである。 西川名の集落から海岸に出ると磯の先に 相浜から布良の岬 が見えてきた。 初冬というのにここは 露地にストックが咲いている。 南房総は年が明けるとお花畑の観光シーズンに入る。 1日目の進行状況によっては洲崎か伊戸の民宿に泊まる予定で用意してはきたが、平砂浦まで行けたので日帰りとした。 地元の婦人の親切でバス停まで道案内してもらい 16:15の館山行きのバスに乗る。 バスの窓ガラスに顔を押し付けるようにして、伊豆大島に沈まんとする夕陽を見ながら帰路についた。
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伊能図を歩く−房総半島−
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