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(その1から続く) 伊能大図をよく見ると 部原(へばら)村から 御宿村 に至る測線が、海岸から離れて 山側をたどっていることに 気付いた。現在は 国道128号線が 4本のトンネルで 結んでいるところだ。 現在の 地形図 明治初期の 地形図 伊能測量隊は、海沿いの難所を避けて山道を辿って測量したと思われる。 現在の地形図を見ると、トンネルの手前左から 大きく山側を迂回して JR外房線の上を越えて 御宿トンネルの出口の先に至る 山道がある。JR線を越えるあたりには 橋とトンネルの記号も見える。 明治初期の地形図(迅速図) も見てみると、ほぼ同じルートで道が付けられているが、勿論この頃はJR線もトンネルも無い。 この道は 往時の 房総往還 であったのだ。 そこで今回、この旧道をたどってみることにした。 トンネル手前の海岸でサーフィンを見ながら持参の昼食をとったあと、国道を離れて山道に入って行く。 ワナ注意の 道路情報板を越して 草の道を進む。 途中イノシシのワナが出てくる。踏み跡はあるが、まったく手入れがされていない。 しばらく行くとJR線を越す橋と レンガ造りの 外房線のトンネルが でてくる。 ブッシュと潅木を避けながら足場の悪い道をなおも進むと、前方に 素掘りトンネルが出現した。地形図どおりである。 なぜ道の入口で「立入禁止」としてくれなかったかと呟きながらフェンスを越してトンネル内部に入る。 出口付近で天井からの崩落跡もあるも特に問題なく通過。出口のフェンスを越して御宿側にでる。 今回は「立入禁止」を無視して 通過したが、国道の 4本のトンネルには 歩道が無いから 歩いて部原−御宿間を 通過するには、この方法しかない。 整備をして欲しいものだ。 この道は、地元の年寄りは「どう坂」と呼んで寂しい道であったようで、「追剥ぎ」が出るといって怖がっていたとも話してくれた。 正月に訪れた御宿海岸を再訪。月の砂漠のモニュメント の脇を通って岩和田に向う。 この写真を見ていると真夏かとみまごうが、季節は早春。サーファーにはもはや季節は関係ない。 明治初期の 地形図を見ると 御宿のある網代湾では 西海岸の浜村や 東海岸の岩和田に 街並みが集中し、現在リゾートマンションが立ち並ぶ 新町付近は 殆ど人家がみられない。漁業から観光への 変遷が見てとれる。 メキシコ記念塔 ドン・ロドリゴ上陸点 市街地の背面丘陵に白亜の塔がある。メキシコ記念塔である。 フィリピンからメキシコに向う ガリオン船 が台風に遭遇して岩和田沖で座礁した。1609年(慶長14年)のことである。 漁民に手厚く救助された フィリピン総督ドン・ロドリゴと遭難者は 翌年徳川家康に謁見、家康が 三浦按針に 建造させた船で 無事メキシコに帰国する。翌年 答礼使が来日して 日本とメキシコの交流が始まった。 それにしても、房総の海岸は 昔から海難事故と 救助のエピソードが多い。その中では 海女が 人肌で 遭難者を蘇生させた 逸話もかならず付く。遭難者を 急に温めてはならないとは 良く言われる話しだが、聞き手としては面白い。 岩和田の メキシコ記念塔を 後にして 海岸沿いの内陸の道をたどる。いすみ市境の手前から 右に折れ、フェンスで阻まれた道を岩船に向う。 この道は地形図には 無いが、地図サイトには示されている。実際に現地に行って確認したいと思っていた。 なぜこの道をたどるかというと、伊能測量ルートに沿っていると思われるからである。 実際に来てみるとしっかりしたガードレールがあるダートの道であるが、草がぼうぼうとして通行している気配はない。道路建設が 中断されたような 印象を受ける。枯れ草を なぎ倒しながら GPSを頼りに「ひょうたん堰」のほとりに出る。出口には 鉄条網のゲートがあり、これを注意して 乗り越えて通過する。 釣師海岸 堰からは 県道に合流して 釣師トンネルを経て 海岸の崖上に出る。釣師海岸と書かれた案内板がある。 岩和田から 岩船にかけての海岸は 高さ60mの断崖が続いている。 伊能大図では この辺の測量線が 海岸から離れている。この断崖では流石に忠敬でも測量は難しい。 海岸に 突き出た 岩船地蔵尊 三十根(みそね)という集落を抜け 海岸に出ると 特異な 岩船地蔵尊 が 目に入ってきた。この地蔵は 日本三大岩船地蔵のひとつで 遠方からもお参りに来る。時化(しけ)のときはどのような光景が見られることか。 伊能測量日記には 記載がないが 測量地図には 岩船の村名が 示されているから 忠敬さんもお参りしたに 違いない。 ここに来る前は 地蔵尊が 岩の船に乗っているのかと 思って来たが、現地に来てみると 突き出た 岩礁が船になって、その上に地蔵堂が鎮座している。 JR浪花駅 岩船漁港から岩船トンネルを経て内陸のJR浪花駅に到着する。(16:54) 駅は無人であったが、ホームへの出入り口にはゲートバーの無いスイカ読み取り器が設置されている。バーが無いから出入り自由で、ここでは人の性善説を拠りどころにしている。 17:38発千葉行きにて帰宅。 今日は 約8時間の行程で GPSログでは 27キロであった。
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伊能図を歩く−房総半島−
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ひろい砂漠をひとすじに 二人はどこへいくのでしょう
おぼろにけぶる月の夜を 対のらくだでとぼとぼと
砂丘を越えて行きました だまって越えて行きました
4番の歌詞です。
銚子を目指しているのは承知!
とぼとぼどころか27kmとは。驚き。
ところで、会話ははずんで旅をしていますか。
2009/3/24(火) 午後 0:40 [ 金さんの子 ]
金さんの子さん、今回はJRラインの都合でロングハイキングになりました。御宿から先はJR線が近くを通らないので浪花まで行かざるを得ないのです。ということで、今回はカミサンの同行なしで、道草くわずに、ひたすら歩けたという訳です。
2009/3/24(火) 午後 3:12 [ senior style ]
だんだん特殊部隊のようになって来ました、サバイバルになりませんように、ご安全に!
2009/3/27(金) 午後 2:29 [ 筋金入りの天邪鬼 ]
年寄りの冷水ということですね。気をつけます。しかし、誘惑に負けてしまうのです。
2009/3/27(金) 午後 4:29 [ senior style ]
大小や、縦や横写真の配列が新鮮ですね。いつも面倒なのでワンパターンにしてる我が画面を反省しました。
2009/4/2(木) 午後 0:24
シニアさん、お世辞でもありがとう。レイアウトで内容を補っています。これからもガンバリます。
2009/4/2(木) 午後 3:00 [ senior style ]
確かに、確実に、本の編集の様な配置と紀行文にポチン。
GPS大活躍の紀行で、チョット心配します. 27kmの踏破体力なら問題なさそうですが、山道にご注意を!
2009/4/2(木) 午後 6:26
金さんご心配ありがとう。山道はイノシシ遭遇が心配でホイッスルを時々吹いて通過しました。GPSの過信はいけませんが、地形図上の現在地が正確に分かり不安がなくなることは事実です。
2009/4/2(木) 午後 8:20 [ senior style ]