旅は道づれ風吹くままに

ロングハイキングと地図と写真が好きなシニアです。

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「伊能図を歩く」房総ぐるり旅も今回(6/1)が最終回となった。

早朝6時前に家を出て、JR飯岡駅からコミュニティバスで飯岡漁港に降り立つ。(8:02)
一週間続いた梅雨のような天気が今日は朝から晴れになると予報されたが意外と雲が多い。

伊能大図に引かれた測量隊のルートに従い、飯岡漁港からは海岸を離れて内陸に道をとる。
途中刑部岬に寄る。
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伊能大図(フロア展より。その正確さにあらためて驚く)
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衛星写真にプロットした今回の歩行ルート

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漁港から遊歩道入口と書かれたところから台地に登る道をたどる。
明治の地図を重ねてみるとこの道が旧千葉街道。伊能忠敬もこの道を上っていったと思われる。

少し行くと登り口に 海津見(わだつみ)神社 が出てくる。通称「永井の妙見さま」。小さいながらしっかりした社殿と境内には金華山・塩釜神社や大山・富士の参拝記念の石塔がある。

刑部岬に寄ってから 一旦坂をくだり 溜池のところから 上永井の集落 に上って行く。
葦(あし)の茂った溜池では オオヨシキリの声の中に ウシガエルの 鈍い声を聞く。アニメ「となりのトトロ」の世界に入ったような風景だ。

ゆるく曲がった街道と 道かどに庚申塔。道に覆い被さる樹木。コジュケイ、ウグイス、キジ、ホトトギスが鳴く。

お寺の入口に 如意輪観音が並ぶ。境内を覗いていると 花束を抱えた老婆に会った。
故人の月命日にお墓に供える花で月3回はあるという。今年はホトトギスの来るのが遅く、やっと今屋敷林に巣を作っていると話す。
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農作業の軽トラックが走る 旧千葉街道を上り下りしながら 小浜の集落 に入る。

やがて 南北に走る街道沿いの 集落中央に 道しるべ が出てくる。
西国巡礼塔の側面には、右 いひを可(飯岡)九十九里道 左 てうしくわんおん(銚子観音)道 と彫られている。

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道しるべの近くにある石塔群が目を引いた。西国巡礼記念の石碑 である。
最も新しいものは平成16年の記銘がある。今でも巡礼と石塔を建立する風習が残っていることに驚く。

単なる 寺社巡りの観光旅行とは違う 共同体を維持していくための 目的が感じられる。

西安寺の地蔵
石塔群の奥にあるお寺を覗いてみた。入口右手に洋服が着せられた地蔵が並んでいる。飯岡でも見かけたものだ。

庭を掃除していた老婦人に尋ねると、故人の洋服を着せているのだという。この辺の風習なのであろう。

子供の頃、地獄絵図のなかに三途の川で、亡者の服を剥ぎ取る婆さんがでてくるが、これに関係があるのだろうか。

老婦人としばらく立ち話。
通蓮洞の伝説(陰陽師阿部清明と延命姫の話)。かって小浜の沖に海蝕により海中に没した集落があった。道しるべの近くの商店はかっては旅館であった話などしてくれた。

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ミステリーゾーンのような小浜の集落をぬけ、キャベツ畑の中の道を1キロくらい行くと 国道126号に合流する。銚子港から 魚を運ぶ大型のトラックが 疾走している。現実世界に引き戻される。

台地に並ぶ風車群を眺めながら 国道を進む。

三崎町を過ぎると 台地の端に出て 眼下に銚子の街並みが見えてくる。伊能図で「辺田村」と書かれている辺りだ。

現代図には辺田という地名はない。どのあたりのことを指すのであろうかと思っていたところ、坂の右側に「辺田(へだ)地蔵尊」が出てきて納得する。

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JRの踏切を越えて銚子駅前にでる。(12:19)

駅から利根川岸に向う。
岸壁から新しい弧を描いて対岸の波崎に架けられた銚子大橋が目に入ってきた。

老朽化した 銚子大橋に隣接して立派な斜張橋が開通した。手前の従来の赤い橋は来月から解体撤去が始まる。

208年前 房総沿岸の測量を終った伊能忠敬は 利根川を渡って 常陸国(茨城県)の測量を開始する。当時の測量隊の姿とだぶらせ、この先200年後はどうなっているかと不思議な感覚をおぼえる。


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飯沼観音は 坂東二十七番観音霊場。 先月 五重塔の落成法要があったばかりである。
我が国 最古の企業「金剛組」(現在は大成建設の傘下になっている)が造った。心柱はコンクリート製で1年間で造立したという。(プレカットして現地組み立てした)

伊能測量日記には

同十八日、晴天。朝六ッ半前井戸野村出立。中谷里村、是より海上郡、それより仁玉村、十日市場村、足河村、椎名内村、西足洗村、野中村、東足洗村、三川村、横根村、萩園村、行内村、平松村、飯岡村、下永井村、上永井村、小浜村、辺田村を経て銚子港、飯沼村東町着。止宿田中吉之丞。此夜雲間に少測る。

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観音さまを後にして漁港にでる。やはり日本有数の漁港だ。南房総ではあまり見かけない大型の漁船が碇泊している。

利根川が 太平洋に流れ出る河口に 「川口神社」 がある。河口から三基の鳥居に導かれて社殿に詣でる。
潮の道に乗ってやってきた紀州や三河の名を刻んだ石塔もある。
近くに慶長の大津波で亡くなった人を慰霊する千人塚がある。

川口神社から 旧海岸に沿って 黒生に出る。伊能図には「黒ハエ」と示されている地点である。
遭難碑を掃除していた近くの生け簀料理店の女将が遭難碑建立の話を聞かせてくれた。

慶應4年8月(1868)函館に逃れる榎本武揚の艦隊のうち美加保丸が座礁し13名が亡くなった。

3月に勝浦の 官軍塚 を訪れたとき、そこには この榎本武揚の反逆を抑える 肥後藩の援軍船が 川津沖で座礁し200名が亡くなった。維新前後の風雲に 思いをはせる光景である。

「黒ハエ」は今は「黒生」となっている。「ハエ」とは岩礁のことを言うから船の座礁もうなずける。近くには 「アシカ島」の地名もあり、これも伊能図に示されている。
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美加保丸遭難碑

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海鹿島の岬を周ると 弓形の君ヶ浜の先に 犬吠崎灯台 が目に入ってくる。

岬の先端を周る遊歩道が 崩落していて 立入が禁止されているには驚いた。ここも 九十九里南端の太東崎と同じように 海蝕の影響があるのだろうか。

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千騎ヶ岩
長崎の鼻を周って外川漁港に出る。堤防の先に千騎ヶ岩が見える。
伊能図に「千カ岩」として示されている岩礁である。今は堤防で簡単に渡れる。
義経率いる千騎の人馬が隠れた伝説がある。

犬岩
房総には犬の名がつく地名が多い。
この岩には 義経が奥州に逃れるとき 海辺に残された愛犬が 主人を慕って泣きあかし、やがて岩になったという伝説がある。
岩の反対側から見てみても犬の形に見えたら、もっと伝説を納得したのに。少しがっかり。

伊能測量隊は 7月19日から26日まで 富士山を観測するために 8日間銚子に留まり、8日目にして 犬若岬から 富士山を 観測している。
その時の歓喜の様子を次のように測量日記に記している。

同二十六日、晴天。此早朝、日出に犬若岬において慶助、富士山を測。着後十九日より富士山の方位を測らんと日々手分し、高きに昇り遠へ出しけれど、日々蒙気おおくして見えざりき、此朝富士山を測得たり。そのよろこび知るべし。予が病気も最早全快に及べり。此日奥州小名浜迄先触出す。

また、測量隊は 富士山の観測を待つ間、銚子の沿岸を測量し、7月25日には 銚子から 北西の 筑波山と日光山(男体山)を観測している。

千騎岩近くを散歩していた住民に 富士山遠望を たずねる。
年に 二三回は見ることが出来るという。それも 風の強い 冬の夕方に 見えるという。

丁度 このくらいの位置と 刑部岬から 左に寄った洋上を指差した。
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犬若海岸

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夕暮れの 外川の 坂道をのぼって 銚子電鉄 外川駅 に到着。(18:24)

房総ぐるり旅の終着点である。

今日はGPSログで35キロ歩いた。

1月に 野島崎を歩いていたころは 4時半には陽が暮れていた。昼間が長い分多く歩けるが、今日は良く歩いた。

靴下を変えたせいか左足にマメができていた。
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旅の終わりに
伊能忠敬の測量ルートを歩いて 26日間の「房総ぐるり旅」を終えた。

先人の偉業の一端を少しは実感できたような気がする。今まで、千葉に住んで千葉を殆ど知らなかった。サラリーマン時代は千葉都民であったが、この旅をとおしてやっと千葉県民になったような気がする。

また「通して歩く」ことの素晴らしさを、あらためて実感した旅でもあった。自己目標に向って、それが実現していく愉快さも知った。

歩きながらいつも、全国測量という偉業を達成した伊能忠敬のモチベーションは何だったのかと考えていた。旅を終えて忠敬を支えた気持ちの一端に触れたような気がする。

旅のデータ

◇ 期間 ・・・ 2008.4.14 〜 2009.6.1(13ヶ月)
◇ 旅の回数 ・・・ 26回(全て日帰り)月平均2回
◇ 歩いた距離 ・・ 587キロメートル(寄り道含む)1回平均21キロメートル

◇ 訪れた漁港・船溜り ・・・ 86
◇ 通過したトンネル数 ・・・ 42(主に南房総)

◇ 撮影したデジカメ枚数 ・・・ 2548枚
◇ ブログアップした写真枚数 ・・・ 764枚 (採用率31%)

◇ 交通費 ・・・ 67,000円/人
◇ 使用した2万5千分の1地形図 ・・・ 33枚(8,910円)

◇ この旅のブログアップ回数 ・・・ 62回
◇ 旅人 ・・・ 1人または、ときどき2人(カミサン)

◇ 旅の道具たち ・・・ 以前 ロングハイキングの道具たちにアップしました。興味のある方ご覧下さい。

今までアップしたブログは 伊能図を歩く房総ぐるり旅<目次1-2> をご覧ください。

閉じる コメント(16)

とても参考になりました。
ありがとうございます。感謝します・・・
『傑作です凸』

2009/6/3(水) 午後 3:17 [ ジェーン ]

機会があればいってきます・・・

2009/6/3(水) 午後 3:18 [ ジェーン ]

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so*oo*sさん、コメントありがとう。房総には良い所がいっぱいあることを知りました。歩く旅はおすすめです。是非訪問してください。

2009/6/3(水) 午後 5:55 [ senior style ]

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おめでとうございます。
とにかく感服です。

2009/6/3(水) 午後 8:15 [ 遍 直次 ]

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遍直次さん、ご声援ありがとうございました。良い思い出になりました。

2009/6/3(水) 午後 10:13 [ senior style ]

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房総ぐるり旅踏破おめでとうございます。素晴らしい。「ポチン」
イチローもビックリでしょう、自己記録更新ですね、 文に引っ張られて全て読みましたが、感動が伝わってきます。
戸川と銚子、犬吠付近だけは私も少し歩きました。犬吠の通行止めは、2,3年前の地震によってだったと思います。

2009/6/4(木) 午前 0:17 kan*y*ma58*8

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金さん、ながいご愛顧とポチありがとう。旅の最後にふさわしい犬若海岸の夕陽でした。富士山を観測した伊能忠敬が新たなエネルギーを得たように、次の目標に向って歩きます。

2009/6/4(木) 午前 7:06 [ senior style ]

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おめでとう。お疲れ様。
楽しませていただきました。感謝!

2009/6/4(木) 午前 8:22 [ 金さんの子 ]

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金さんの子さん、ありがとう。日光道中どこまで進みましたか。
銚子からも日光連山が見えるらしいのです。それに江戸時代は今とは違う山名で呼ばれていたようです。伊能中図には日光山、中■寺山(■は辞書にない字。 中禅寺山?)が出てきます。こちらも色々楽しませてもらった旅でした。

2009/6/4(木) 午前 9:24 [ senior style ]

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ゴールおめでとうございます。お疲れ様でした。
ボクはまだ勝浦手前で寄り道中。

2009/6/4(木) 午後 9:12 [ にがうり太郎 ]

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にがうり太郎さん、ありがとう。
それにしても、ビーサンで歩くとは驚きです。とてもマネできません。大沢漁港どうでしたか。まだまだ景色の良い所が続きますよ。

2009/6/4(木) 午後 9:36 [ senior style ]

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同級生の一人として貴君からエネルギーをもらつたよ。俺もやるぞ。しかし、銚子から富士山を観測したとはびっくり。

2009/6/5(金) 午後 4:47 [ 同級生 ]

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同級生・・・う〜ん誰だろう? エネルギーをもらったなんて、嬉しいことを言ってくれますね。とにかくお互いに人生を楽しみましょう。犬も歩けば棒にあたりますね。

2009/6/5(金) 午後 6:04 [ senior style ]

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完全踏破おめでとう。
貴君のブログを読み休眠中のものが目覚めて、よし、俺もやるぞという気持ちにさせてもらいました。

2009/6/5(金) 午後 6:31 [ 同級生の健ちゃん ]

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同級生の健ちゃん、焼けぼっ杭に火がついたようですね。老け込むにはまだ早いです。デジカメ持って歩きましょう。

2009/6/5(金) 午後 7:34 [ senior style ]

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すばらしい写真の数々ですね。
若いころ千葉にいたので、とても懐かしく拝見しました。

2012/7/23(月) 午前 6:54 [ sig*yos*24 ]


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