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(その1より) 谷保天神から1.2キロ先左手に国史跡武蔵府中熊野神社古墳の案内が出てきます。 国内最古最大の上円下方墳です。復元された墳丘は前回訪れた武蔵野陵にも共通する形です。 この近くには古墳群が多いことを初めて知りました。 美好町2丁目で道はY字路になり旧甲州道中は国道と分かれて右に進みます。 やがて街道の南側に見たことのない立派な冠木門が目に入ります。かって旧本宿村の名主を勤めた内藤家です。 府中も近くになりました。京王電鉄京王線の踏切をこえると右手前方に高安寺の木立がみえてきます。 高安寺の本堂・山門などは東京都選定歴史的建造物に指定されています。賑わいのある通りが、すぐ近くにあるにも拘わらずここは静かな歴史を感じる佇まいです。 山門の仁王様の後ろに回ると恐ろしい形相の奪衣婆に睨らまれました。 いままで山門の仁王様はたくさん見てきましたが、三途の川のほとりに立って亡者の服をはぎとる奪衣婆を見るのは初めてです。 高安寺をでると前方に注連縄が巻かれたケヤキの大木が見えてきます。大国魂神社(おおくにたまじんじゃ)の入口です。 伊能測量日記には、 五月七日 朝雨。先手六ツ、後手六ツ後府中本町雨中に出立。後手我等、青木、永井、箱田、平助、多摩郡本町より初、惣社六社宮、御朱印五百石、鎮座大巳貴命、素■鳴尊、布留乃神、・・・ と字数をさいて壮大な大国魂神社(惣社六社宮)について記しています。 江戸時代の社号は惣社六社宮。明治4年に大国魂神社に変ったようです。 府中を抜け飛田給(とびたきゅう)一丁目の街道を進んでいくと絶え間ない太鼓と鉦に合わせて御詠歌が聞こえてきます。 右手奥に薬師堂が現われて、少し開いたお堂の中に老若の女性達が熱心に詠っているのが見えます。 なんとも心地よい旋律です。 お堂の手前には石塔と新しい献花と線香の煙が立ちのぼっています。ここは飛田給の薬師堂。行人塚です。 説明板には この塚は、仙台の人松前意仙の入定塚(にゅうじょうづか)である。 伊達藩士にして医師であった意仙は、薬師如来に帰依礼拝の心があつく、各地の仏閣廻拝の心を遂げようと、諸国遍歴の末ここに足をとどめた。その後、意仙は石仏説明のとおり、薬師如来像をつくり、大願成就後、自ら墓穴を掘り、村人に「鉦のやんだときは、わが命のつきたときである・・」と言い残してその中に入り端座叩鉦誦結三昧の末、元禄十五年(1702)一月十二日に入定したという。 その死後、村人によって塚が築かれて「行人塚」と呼ばれている。 意仙の感化は、里人はもとより近郷にもおよび、その慈悲の深さに人々は敬拝し、碑を建てて信仰に励んだといわれている。郷土の民間信仰史上三百年の長い間にわたり、今日なお大きな宗教的感化を残している。 現在の塚は、昭和四十七年に改修されたもので、この工事の際に専門家が発掘し、遺骨の存在が確認された。 昭和六十三年三月二十四日 調布市教育委員会 今日はその月命日の日。一瞬、和讃が途切れて笑い声がして、すぐまた太鼓と鉦と御詠歌がつづきます。 私は案内板に書かれたとおりのことが目の前で行われていることに深い感銘を受けました。 都市化が進んでも300年以上にわたって綿々と人々を感化させる意仙の慈悲が伝わってきます。 今回の旅の大きな収穫です。甲州道中を旅するなら十二日を選んで御詠歌に耳を傾けたらどうでしょう。 飛田給駅入口の標識の左奥に味の素スタジアムが見えてきます。飛田給(とびたきゅう)とは耳慣れない地名ですがその起源は荘園の時代に遡るといいます。 飛田給をすぎ道はやがて中央高速のガード下を通過すると右手に近藤勇の坐像の案内がでてきます。 ここ上石原は近藤勇の生誕地。甲陽鎮撫隊を編成して甲州道中を甲府に向う折りこの西光寺で休憩、そして勝沼近くの柏尾で官軍と戦います。これで以前訪れた柏尾橋の近藤勇像とつながりました。 [http://blogs.yahoo.co.jp/hanamipark/32762611.html] 甲州街道は35歳の若き近藤勇の波瀾万丈に満ちた生涯を教えてくれます。 野川を越えると道の両側に芽吹いたばかりのケヤキ並木が続き足取りも軽くなります。 ここは京王線つつじヶ丘と仙川の中間、国道20号線から北にふくらんだ旧甲州道中。 ほんの250メートルの旧道ですがタイムスリップした佇まいです。そして旧道を抜けてまた国道に合流すると、その落差の大きさに驚きます。この滝坂は伊能日記にも地名がでてきます。 キューピーマヨネーズの仙川工場のQピーマークを右にみながら仙川駅入口を通過します。 そろそろ今回の旅の終着です。次回のアクセスのことを考えると仙川駅よりも快速の停車する千歳烏山駅のほうがよさそうです。 約1キロメートルのアルバイトで千歳烏山に到着しました。(17:50) 本日の歩行距離はGPSログで31.6kmでした。 −伊能図を歩く甲州道中−は次回が最終回となります。
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伊能図を歩く−甲州道中−
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ラストワンですね、江戸に近いと名所旧跡も多くなって、情報収集の成果です. 日野本陣は都内唯一の本陣とは!。 雨の中お疲れさま。「ポチン」
2010/5/18(火) 午前 9:38
美しい山あいを辿ってきた甲州街道も八王子を抜けると市街地になって少しがっかりと思っていたのですが見所沢山、楽しめました。ポチンありがとう。次回で終わりと思うと少々寂しい。
2010/5/18(火) 午前 9:58 [ senior style ]