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ぶどう棚は収穫しやすいように低く作られる。 だから鳥居もお参りしやすいように棚に合わせてつくる。(??) 本当のことは分からない。 しかし自然に首(こうべ)をたれて敬虔の姿勢になる。 これは甲州道中白須でみかけた。
(2009.11.4) |
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前回から約2週間がすぎた。2日前には寒波が到来し関東地方に木枯らし1号が吹いた。 伊能図を歩く甲州道中の第3回目は前回の終点下蔦木(つたき)交差点から牧原まで歩いた。(2009.11.4) JR小淵沢からタクシーで蔦木にアクセスする。タクシーの運転手さんは「今朝はマイナス5度まで下がりました。きのうは雪が舞って山がうっすらと白く染まりました」と話す。 信州は秋から冬へ急ピッチで冬支度だ。 「車窓の山旅・中央線から見える山」といる本がある。(著者;山村正光氏 1985.2.1 実業之日本社) 著者は山好きな元JR中央線の車掌さんで文字通り車窓から見える山を何処からどの山が見えると案内している。 この中に中央線小淵沢駅ホームから南南西方向の尾根に雪のような斜面が遠望できると紹介している山がある。 日向山(ひなたやま 1659.6m)で、雪のような白い斜面は花崗岩の白砂であるという。 今回この日向山をぜひ確認しておきたいと思っていた。 今朝は快晴、絶好の撮影日和であった。この写真は小淵沢から下蔦木交差点に向う下り道、タクシーを路肩に寄せてもらい撮ったもの。(JRのホームからだと電線が視界を横切ってしまう)甲斐駒ヶ岳を背景にはっきり確認できた。(ピークの前尾根左の白い箇所) 駒ヶ岳や八ヶ岳の展望の山で尾白川林道を利用すると容易に到達ができるとあるから一度ぜひ登ってみたいものだ。 下蔦木交差点でタクシーを降りる。 旧道は交差点から直ぐ右に折れて国界橋を渡るのだが入口にはネットのゲートがあって通行止となっている。 このゲートには有害獣侵入防止の7000ボルトの高圧が印加されている。注意書きにしたがってゲートを開くこともできるが、ここは安全を優先して新国界橋を迂回することにして信濃の国(長野県)から甲斐の国(山梨県)に入る。 新国界橋で釜無川を右岸に渡る。 伊能測量日記には ・・・四月二十一日 朝晴。我等、下河辺、青木、永井、平助、六ッ後蔦木駅出立。同所より初、下蔦木村、釜無川渡幅三十間。富士川の源流。・・・ と記されている。一間は1.8mだから54mの川幅だが、河原なのか川身の幅なのかはわからない。 新国界橋の南詰にセブンイレブンがあり、その駐車場の傍らに山口素堂の 「目には青葉山ほととぎす初かつお」 の大きな石碑が出てくる。こんな山中に初かつおとは違和感をおぼえる。素堂は江戸前期の俳人で芭蕉と親交があり、ここ山口が生地であるという。 コンビニの前の国道を横切り旧道は山口集落にゆるく上がっていく。 ここは山口関所があったところ。甲州には24箇所の口留番所があったというが、ここは信州口を見張る番所だ。 旧道はゆるいアップダウンをしながら上教来石(きょうらいし)に入っていく。 教来石は甲州道中25宿のうち西端に位置する。教来石とは変った名前である。日本武尊が東征のおり座った石が由来と聞く。 下教来石を抜け旧道は白州町荒田にさしかかる。 屈曲する旧道が直線的な国道20号線に近接するところで、右手にサントリーの看板が見えてくる。 国道に面してサントリー白州蒸留所・ウイスキー博物館・サントリー天然水白州工場の案内があり、甲斐駒ヶ岳の山麓の工場に向って直線の道が延びている。 旧道にもどり、しばらく進むと神宮川の手前で国道に合流する。左手の木立の中にサントリーの製樽工場が出てくる。 周辺には見事な松林が美しい景観を作っている。地形図には松原とある。 古来白須の松原として名所であった所はこの辺りをいうのであろうか。 旧道は国道と合流し神宮川を渡るが、橋のたもとに気持ち良さそうなベンチがあるのに気付き休憩する。上流の奥に駒ヶ岳が広がり本当に美しい。 戯れにベンチに羽根を休めた赤とんぼの目線で駒ヶ岳を覗いてみる。 甲州道中の台ヶ原宿に向う沿道は常に甲斐駒ヶ岳から地蔵ヶ岳にかけてのパノラマを眺めてのハイキングである。 この辺りの美しい景観については「明治日本旅行案内」(アーネスト・サトウ編著 庄田元男訳)に記載されているので紹介してみよう。 ・・・本道(諏訪にむかう甲州道中)は釜無川渓谷を上昇しながら進み台ヶ原までの大半はいくつもの川身が流れる石の多い川床についており、全体を通してすばらしく整っている。 谷の景観はとても美しく、極めて印象的な箇所がいくつも見られる。右側には茶色の礫岩で構成されている奇妙なぎざぎざの絶壁(七里岩)が並び左側には駒ヶ岳を主峰とする高山がつらなる。 さらに進むと八ヶ岳が右手に姿を表し、振り返れば美しい富士が様々に変化する姿を見せる。・・・ この本は旧道ウオーカーにはとても参考になる。 アーネストサトウは幕末から明治にかけて活躍したイギリスの外交官で明治中ごろ、外国人向けのこのガイドブックを編さんした。 沿道の様子はもとより日本の文化や交通手段、物価、郵便、荷送りなどの様子が極めてくわしく記している。また登山ルートの紹介なども詳しい。 その当時の日本はまだ鉄道網が未発達で、徒歩と馬車や俥(くるま)の利用がメインである。河川を舟で移動するのもよく出てくる。 伊能測量日記やこのガイドブックを読んで旧道を歩いてみると、往時の沿道の様子が彷彿としてくる。 ところで、日本山岳会の創立者のひとりで尾瀬をこよなく愛した武田久吉氏は、このアーネストサトウの二男であるが、このことは以外と知られていない。 旧道は神宮川を越えると国道を離れ前沢、白須を経て台ヶ原宿へと入っていく。 台ヶ原は甲州道中の中でもっとも宿場のおもかげを残すとして日本の道百選に選ばれれている。 駒ヶ岳に発して宿場の南に沿って尾白川が東流する。花崗岩や砂利を流して白い川原を作っていることが、その名の由来とされている。 そして清冽な水は日本名水百選にも選ばれている。台ヶ原の中心部には利き酒をサービスする酒造店もある。 伊能測量隊の本隊(伊能忠敬)は蔦木宿から、また坂部隊は金沢宿からここ台ヶ原宿に直行し伊奈部(伊那)で二手に分かれて以来6日振りに合流している。 台ヶ原宿の東の端で国道を横切り古道入口と刻まれた現代の道標に導かれて尾白川に沿った草の道に入る。 古道を抜けて国道の尾白川橋に合流する手前で安永の道しるべが出てくる。 「右かうふみち」「左はらぢ通」と刻まれている。 甲州道中は釜無川に沿って通じる河路(かわじ)、ここでいうはらぢは原路(はらじ)のことか。 釜無川の出水で河路の通行不能の迂回路として七里岩の台地をいく原路があったと聞く。 万休院の老松「舞鶴松」と大武川をはさんで対岸の山高実相寺の老桜「神代桜」は有名で2万5千の地形図にも記載されている国の特別天然記念物だ。 今回は旧道からは寄り道になるが、この老松「舞鶴松」を見たいと思っていた。 ところがである、庭の手入れをしている老人に登り口をたずねると、松はマツクイムシの被害で切り倒されて無いという。とにかく確認だけでもと万休院に登ってみた。 はたせるかな往時の見事な枝ぶりと、切り倒す様子の写真のみが示されて傍らに切り倒された老松の太い幹が横たわっていた。
万休院の坂道をとぼとぼ下り旧道に出る。
晩秋のやわらかい陽射しが心を慰めてくれる。近くではゲートボールの槌音が聞こえる。計画では今回の旅の終点を牧原とし、むかわの湯(南アルプス釜無川温泉 北杜市)につかりタクシーでJR日野春に出る予定であった。 ところが温泉施設は休みで入浴できないことがわかった。(火曜が定休だが祝日の場合は翌日になる) そこで列車の時間までにはまだ時間があったので、歩いて日野春駅まで歩くことにした。 牧原から甲州道中をはなれ、釜無川と大武川の合流点に架かる釜無川橋を渡る。 橋のたもとには昭和34年8月に襲った大水害のようすを生々しく伝える案内板が設置されている。 前線に伴う大雨に追い討ちをかけるように台風が来襲して上流で大規模な崩落が発生し大災害を起こした。 それにしても素晴らしい景観を見せてくれる釜無川であるが、一たび怒るととてつもない災害をもたらす。 自然の脅威を感じずにはいられない。 JR日野春駅 高低差約90メートルの七里岩につけられた車道をたどり、まだ明るさの残る日野春駅に16:47到着。 今回の歩行距離はGPSログで24.2キロであった。
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ブログ仲間の ina-chi さんが南天の葉の水玉写真を紹介しています。 水晶のような水玉に景色が写っているのを見ていたら、これって顕微鏡(拡大レンズ)に使えないかと思い付き、南天の葉に穴を開けてスポイトで水を垂らしてみました。 結果は上々、とはいかず実用的ではないですね。 穴の径が小さいせいか、見える範囲が限られます。 穴径を大きくすると、今度は水がするりと落ちてしまいました。 ブログ画面をスクロールするとき水玉がこぼれる様な錯覚をおこしますね。(慎重に!!) この超撥水性能を利用する何か良いアイデアはないですかね。
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富士見町(長野県)にある上下水道の蓋(ふた)はオシャレだ。 鈴蘭のにっこりマークは下水の蓋。近くにJRすずらんの里駅もある。 水道の止水栓には、富士山、白樺、すずらんなど町の名所をコンパクトに入れている。 スタンプにパクリたいくらいだ。 これからも、GOOD TASTING WATER を サービスしてください。
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これは、旧甲州街道 御射山神戸(みさやまごうど) の沿道で見かけました。 家の壁に日影が出来ている、と思って、よく見るとそうではない。 取り壊した隣家の屋根型が残っているのだ。思わず騙されたとニヤリとしてしまう光景だ。 しかし、壁の模様が異なるし、しかも小屋組みの梁の断面。手前の消火栓、後援会の看板、さら地・・・ 想像がふくらむ。
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