|
今日(6/1)は旧友N君に養老川沿いの遊歩道と上総国分寺跡を案内してもらい、ついでに廿五里(ついへいじ)付近の道しるべも探索した。 今回歩いたルートをGoogle Earth の機能を使って表示してみた。(Googleありがとう!) 今朝は昨日の肌寒さが一変して気持ちよい快晴である。 五井駅から養老橋まで歩き、ここから土手沿いに上流に向って進む。 JR房総線の踏切の手前に不思議な光景が現れる。墓地の中に鳥居、そして奥のほうにインカのピラミッドのような小山が見える。 墓地を手入れしている中年の男性に尋ねると鳥居は大宮神社の神主さんのお墓で、奥のピラミッドは出羽三山講の仮墓地(?)であるという。 男性も講の信者で2回出羽三山詣でをしたと話してくれた。 山岳信仰について、理解を深める価値がありそうだ。 土手沿いの道は楽しい。ウグイスが鳴いている。 廿五里橋まで歩いてきた。廿五里(ついへいじ)とは難解な地名である。 廿五里橋の近くにある宇佐八幡神社に立ち寄る。 高速道路工事による神社受難を克服した歴史を丁度居合わせた氏子総代の方が話してくれた。 水争いに関する話も興味深い。 廿五里橋を渡る。 梨のマークがかわいい。この付近は梨の産地である。 田圃の中の道を廿五里の集落に入っていく。 この時期梨農家は大忙しで消毒用車両が大きな音を出して通る。 東海小入口の交差点を南西に500mくらい行くと田圃に面した墓地入口に道しるべを発見。 事前に当りをつけていたので苦労なく探せたが文字の判読はできない。 東海小入口の交差点に戻り、西に柳原交差点に移動する。ここは旧久留里道が直角に折れ曲がるところ。しかし目指す石柱が無い。道路工事で移動したかもしれないと周囲を見回すと民家の塀のきわに傾いた道しるべがあった。石柱の三面に東 、西 江戸道、南 久留里道 とそれぞれ彫られている。強い陽射しを受けて大師像(?)が浮かびあがる。 田圃の中の道を西に進み西広橋を渡る。西に折れ板羽目堰に行く。板羽目堰とは灌漑用木造の堰のこと。水流を利用して撤去は一瞬にできる。コンクリートの堰ができる前に使用されていた。上総掘りといい、この板羽目堰といい動力を使用しない先人の工夫が素晴らしい。 “夏草や兵どもの夢の跡” 国分寺跡の礎石は大きい。 国分寺尼寺跡に復元された回廊。 涼しい日陰をつくってくれる。 展示館でビデオと国分寺のジオラマを見る。 ジオラマの背景窓が解説者の操作で突然透けて外の復元回廊が見える演出はお見事。 今日の歩行距離はGPSのログでは約17キロのハイキングとなった。 JR五井駅までN君に車で送ってもらう。(感謝)
|

- >
- Yahoo!サービス
- >
- Yahoo!ブログ
- >
- 練習用




