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昨日(11/1)は所用で東京に出たついでに深川の富岡八幡宮に立寄った。 富岡八幡宮は、東京メトロ東西線の門前仲町駅で下車すると近い。 門前町だけあって雰囲気はすこぶる良い。隣接して深川不動尊もあり、ここも大変な人出である。 ここは伊能忠敬が測量に出発するとき、旅装を整え内弟子、下僕を連れて道中の安全を祈願したゆかりの地である。 境内は七五三参りに来た子供と家族で賑わっていた。 伊能小図を背にした伊能忠敬像 気力と気迫に満ち目的に向って邁進している様子がよく表されている。第二の人生の生き方を示す中高年の星だ。 この脚で第一次測量(江戸から蝦夷)を自分の歩幅を物指しにして4千万歩を歩いて子午線一度の距離を測定した。 ★ところで、伊能忠敬の歩幅については、伊能忠敬研究者の佐久間達夫氏が「忠敬と伊能図」の中で 69.04センチと解説している。 私も帰宅して69センチの紐を両足に結んで試してみた。ところが私の歩幅では思い切り開かないと69センチにならない。伊能忠敬の身長が高かったのか、それとも歩き方が今とは異なっていたのか。疑問が出てきた。 歩き方については以前テレビの番組で昔の歩行スタイルについて紹介していたのを思い出した。 それによると、右足が前に出るときは右手も前に出す。左も同様である。 このことは江戸時代の旅の絵のなかにも武士の歩き方がそのような形で出ている。身近なところでは佐川急便のシンボルキャラクタ(飛脚の絵)にも表されていた。あの足と手もそのようになっていた。(最近ロゴが変わって飛脚が無くなった) このような歩き方で歩幅を測ったら、69センチになるのであろうか。 御守り これから歩く南房南無谷崎(難所)の道中安全を祈願する。(ついで参りは良くないのでお賽銭を多めにして許しを請う) 社務所で御守りを求めた際、伊能関連の記念になるものはないかと尋ねると、絵葉書(富岡八幡宮スケッチ七景)を出してくれた。サインにH..Inohとあり、伊能 洋氏(伊能家 洋画家)とすぐ分かった。 伊能忠敬像の隣に三等三角点(富岡八幡宮)があった。 三角点の標柱を保護するように、磨かれた半球の石で囲んである。 プレートには世界測地系採用記念として造られたと表示してある。 (北緯35度40分15秒61 東経139度47分56秒74 1.2m)と世界測地系で表示されている。 ここに三角点を設置したのは、国土地理院の粋(いき)なはからいが感じられる。
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2008年11月02日
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