|
(その1より) 難所 松ヶ鼻 の通過について、伊能測量日記には海岸を通行とある。 グーグルの衛星写真を見ると、潮位によっては磯伝いに内浦湾に面した千葉大学の水族館に出られそうでもある。しかし磯の通過が出来ない場合のことも考えなくてはならない。 文献によると、昔は磯伝いに道があったが、元禄大津波で浪欠したため、現在の国道実入トンネルの北側に「新坂道」を通し内浦の集落に抜けたとある。 この山道は現在消えているらしいが、明治初期の迅速図を見ると記されている。また、明治中頃まで国道実入トンネルの北側にトンネルがあったが、崩れて今は廃トンネルとなって通行できないともある。 Webで調べていると国道の実入トンネルには歩行者用のトンネルがあることも分った。 そこで伊能測量隊が通過した磯伝いを確かめ、不可なら実入トンネルの歩行者用トンネルを行くことに計画してみた。 トンネル水族館 実際に現地に来て堤防から磯を周ってみると通過できそうでもあるが、波しぶきが高くカミサンも拒否反応。今回は諦め実入トンネルの歩道を行くことにする。 国道のトンネルの脇に「とんねる すいぞくかん」と書かれた歩道トンネルが出てきた。 隧道壁面に水族館よろしく風景や魚がペイントされて楽しい。 入道ヶ岬遠望 今回の最大の 難所 入道ヶ岬が 内浦湾 越しに見えてきた。対岸は 鯛の浦。 誕生寺 日蓮上人生誕の地、誕生寺を訪ねる。立派な仁王門の網の隙間からデジカメを向けたら睨まれた。 説明板によると、はじめは蓮華譚(弁天島のある辺りか)に創建(1276年)されたが、二度の大津波で浪欠し現在の場所に再建されたという。 鯛の浦(妙の浦) 伊能測量日記には・・・ (七月)同十日、朝六つ半後天津村出立。此日北風晴曇。内浦へ海岸を通行、此村浦役人に渡辺喜内という人あり。旧来知音のものなり。小湊村、誕生寺あり。寺領七十石、百姓漁師百四十三軒。内浦村役人誕生寺役人立寄。喫茶を進むれ共、海岸の潮間を急ぎ立寄らず。 上総国夷隅郡大沢村に至る。海岸を通りしゆえに、山越市の坂を通らず。それより浜行川村を経て興津村に七ッ後着。宿名主孫左衛門。 とあり、入道ヶ岬の難所を村役人の喫茶の誘いも断わり、海岸線を急いで通ったことが記されている。「海岸の潮間を急ぎ」とあるから、潮位をみて通過したと考えられる。 「山越市の坂」は房州往還」で、山を越す通常ルートである。入道ヶ岬の部分は、グーグルの衛星写真ではあいにく雲が覆って海岸線が見えない。 文献を調べても入道ヶ岬から鯛の浦にかけて道があったとは記されていない。明治の迅速図でも海岸線には道はなく、大沢の集落と入道ヶ岬の中間から誕生寺までを山道がかすかに記されているだけである。 そこで今回とるルートは、磯伝いはルートが不明であるので、鯛の浦遊歩道の先端まで行き、ここから崖につけられた山道をたどって誕生寺の裏に出て、大沢集落へたどる崖沿いの道を行くことにした。 トンネル 誕生寺の裏から緩い坂道を登って10分くらい歩くと、トンネルが現われる。照明も歩道も無いが、まったく車の通行が無いので問題はない。 入道ヶ岬と 雀島を 反対側から 見る 暗いトンネルを抜けると太平洋が眼前に飛び込んできた。夕陽を背に入道ヶ岬と雀島が見える。 伊能忠敬はこの磯を測量しながら通過したのだ。 見たところ入道ヶ岬の磯は歩いて通過できそうだ。釣り人の影も見える。 崖の道(右上の写真) 崖の中腹に水平に付けられた道路を行く。眺めは雄大だが道路には一部クラックも走り、落石注意の標識もあって車では余り走りたくない道だ。道は安房の国(鴨川市)から上総の国(勝浦市)に入っていく。 大沢漁港 太平洋に面して 切り立った崖を V字に えぐられた沢に 大沢の集落と 漁港が見えてきた。 大沢村は伊能図にも記載がある。 どうしてこんな厳しい処に人は住むようになったのであろうか。国道も鉄道も集落の上空を通過していく。平地が無いのでV字の斜面にへばりつくように家が建っている。墓地もひな壇になっている。 大雨の降るときはどのような状況なのであろうかと心配してしまう。江戸の昔は陸の孤島であったのだろうか。一度ゆっくり集落を訪ねてみたい。 通行止めの崖道(右上の写真) 犬を連れた散歩中の人にここから「お仙の碑」までの崖の道の状況を訊ねる。 地形図には山道で表されているが、手入れもなく落石の恐れと手すりの無いことから通行不可となっているとのこと。替わりに国道のトンネルには歩道があって通行できるという。たしかに崖の道の入口には三重の通行止めの赤い布が張られていた。 おせんころがしトンネル 崖の道よりはましだが、歩道といってもガードレールがないので、高速で通過する車に吸いこまれそうになる。 孝女お仙の碑 国道のトンネルを抜けて右の小径に入って、「孝女お仙の碑」を訪ねる。 2万5千の地形図には、ここから大沢の集落まで崖道がついている。左は磯と20mの切り立った断崖、手すりはもちろんない。人ひとりがやっと通れる幅ですれ違うことも出来ない。 「おせんころがし」の伝説には異説が色々あるが、共通していることは、厳しい断崖からお仙が海に転げ落ちるところ。確かに伝説を生む難所だ。 行川アイランド駅 JR行川(なめがわ)アイランド駅に16:56に到着。今回の終着点である。 昔、職場の旅行で行川アイランドへフラミンゴを見にきて以来の訪問である。 あの頃は観光スポットとして大変な賑わいをみせた。 2001年行川アイランド閉園後も無人駅として存続しているが、もともとアイランドのためにつくられた駅であったために今は見る影もない。 ホームが片側しかない単式なのも珍しい。 17:13発の千葉行きで帰宅する。 今回の歩行距離はGPSログで25キロであった。
|
過去の投稿日別表示
[ リスト | 詳細 ]
2009年02月25日
全1ページ
[1]
全1ページ
[1]





