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(その1より) 大きく 大ヶ岬を迂回して鵜原海岸に出る。海岸を散歩していた 中年の婦人に 島の名前を 訊ねると「烏帽子岩」という。 幕張から歩いてきたというと、目が輝いて、大久保から移住してきたと話し出した。 大久保は 私の住んでいる町に 隣接した 習志野市の町だ。 話では 7年前夫の定年を機に 鵜原に引っ越して来たとのこと。夫は海が大好きという。 何も無い所ですよ。以前あったスーパーも無くなり買物が不自由になった。と少し寂しそう。 全日制住民と 定時制住民という 言葉がある。主婦は 子どもを通して 近隣の住民と コミニュケーションをとる全日制。一方 都市に通勤する夫は 休日と夜だけいる 定時制の住民 という訳だ。 定年後に 知らない土地に 移住する夫婦の場合、近所の付き合いを 切って夫に 付いてきた妻と、近所付き合いの無い 夫との間に 意識のギャップ がありはしないか。と この婦人の様子をみていると 勘ぐってしまう。 このことを カミサンに話すと、大きく頷いた。夫は気付いていないのかもしれない。 鵜原理想郷 がある海岸から 対岸の崖を 双眼鏡で覗くと、白い崖に 無数の鵜(ウ)が羽根を休めている のを見つけて驚く。 正に 鵜原(うばら)の地名を 納得させる光景だ。(画面をクリック) 多トンネル地帯を行く。鵜原理想郷は 規模は小さいが リアス式海岸 である。入江をつなぐ 素掘りトンネルが 連続する。 今日のロングハイキングでは、ここを含めて 18本のトンネルを抜けた。 ここ 鵜原理想郷は 太平洋の荒波に侵食された崖が 岬や入江を作り 2キロにわたって続く 景勝の地である。 大正末期から多くの文人墨客が訪れた。 私のブログを 訪問してくれる「遍直次さん」が コメントで 鵜原に行ったら 海の博物館 に寄ったらどうかと 教えてくれた。 15分で見られます(?)との案内板に 誘われて 寄ってみる。 「雀島」について 何か情報が 得られないか 期待してはいったが NGであった。 海の博物館から出て 勝浦湾の 変化に富んだ美しい海岸線を 進む。左写真は「めがね岩」右は 昔、岩を穿って「いけす」にした跡である。 吉尾、松部(まつべ)、串浜 の集落通過しながら 今日一日のハイキングを回想する。 何とか予定のコースを歩けた。 魚市場近くで 大きな鯖の干物を 買う。 上総湊の友人が 勝浦の「鯖の干物」は美味い と 言っていたのを 思い出したからである。(脂がのって久し振りの美味しい干物であった。) 勝浦駅に17:00到着。17:25の千葉行きにて帰宅する。 今日は トンネルが多かったせいか GPSの受信不良が 頻発し、GPSログは 短めに出て17キロであった。
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2009年03月17日
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