旅は道づれ風吹くままに

ロングハイキングと地図と写真が好きなシニアです。

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前回 九十九里浜の 中間点「片貝」に到達した。

これから 後半の 飯岡まで 約32キロある。さらに 片貝から 内陸3キロ行ったところに「伊能忠敬出生之地」 があり、これはどうしても訪ねなければならない。そうすると全体で40キロ近い行程になり1日で進むことは厳しい。(JRラインは海岸から7キロも離れている!)

そこで今回(4/18)は、片貝から「伊能忠敬出生之地」を事前に往復しておくことにした。

千葉から車で片貝まで行き、浜近くの町営駐車場から歩き出す。
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伊能忠敬 出生之地 付近の 地形図

海岸にはたくさんのサーファーが波間に遊んでいる。それがアシカの群れのようで面白いので、思わずカメラを向ける。

いつものようにシャッターを押すと、信じられないことが発生した。突然カメラがフリーズ。
電源ボタンを押してもレンズが元に戻らない。バッテリーを抜き差ししても状況は変わらない。今までこんなことはなかったのに。
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竹久夢二の歌碑

一時はパニックに見舞われたが、そうだ 携帯電話で 写せばいいのではないか と気を取り直し「伊能忠敬出生之地」に向うことにして作田川に沿って遊歩道を上流に向う。

途中、作田川河口の 竹久夢二詩碑に立寄る。ここ九十九里浜も夢二が訪れた。

まてど くらせど こぬひとを 宵待草のやるせなさ・・で始まる「宵待草」が刻まれている。
少し歳のいった人なら誰でも口ずさんだことがある。しかし、夢二が訪れたからといって、ここが「宵待草」発祥の地とうことではないらしい。
夢二が訪れた各地に同様の碑が建っているというから面白い。

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出生の碑 と 伊能忠敬像

伊能忠敬は、1745年(延享2年)ここ小関村(下総国山辺郡)で生まれる。その後1762年(宝暦12年)下総国香取郡佐原村の旧家伊能家に婿養子に入る。

1795年(寛政6年)忠敬49歳のとき、家督を 長男にゆずり、翌年江戸に出て 高橋至時幕府天文方になる。そして5年後の 1800年(寛政12年)日本全国の測量を開始する。
周囲は 長閑な 田園風景。

町の魚屋で 干物を買い、蕎麦屋で イワシのつ みれ蕎麦を食べる。
店内に 戦前の 古い温度計があった ので撮影。「桜」のマークや「第一徴兵」とあるのは、いかにも戦時中の 雰囲気がある。「第一徴兵」は 保険の広告らしい。
温度計だから 今も 狂いがないと 女将は笑って話す。

おしゃべりな女将に 片貝駅(九十九里鉄道) のことを訊ねると、この近くが 片貝駅で 軌道跡は 今通学専用道路になっているという。

地形図をあらためて見てみると、たしかに カーブを描いた 軌道の跡が残っている。 イワシのつみれ蕎麦は塩辛かったが、軌道跡が分かったのは おいしい収穫であった。

古い温度計
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デジカメフリーズの てん末
レンズを 傷つけないように タオルで包んで そっと家に持ち帰り、専用電池を 充電すると レンズが戻り 正常に復帰した。電池の 消耗による トラブルであったのだ。

それにしても レンズが 戻る余裕を 残して 使用不可にするような 設計にすべきなのだが。

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