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旅のはじまり 今から5年前、日本海に面した「糸魚川」から本州を横断して太平洋側まで「塩の道」をつないで歩いたら面白かろうと計画し、2005年9月末に歩き始めました。しかし、丁度その頃「旧中山道歩き」も同時進行中であった関係で「塩の道」は一時中断していました。その後伊能忠敬の測量ルートを歩く「房総沿岸歩き」「甲州道中」に夢中になって、ますます「塩の道」歩きが遠のいてしまいました。 今回、「甲州道中の旅」も終わり、「塩の道」を再開することにしました。 旅の前半は「塩の道」で有名な「千国街道」を歩きながら「北アルプスの景観」と「温泉」を訪ねながら「旧中山道」の塩尻につなげる旅。そして後半は、塩尻から「三州街道」−「伊那街道」とつないで太平洋側の豊橋(三河)に達する旅です。 これが実現すれば日本で一番長い日本海から太平洋までの「塩の道」ロングハイキングとなります。 今回計画したルートをグーグルアースに描いてみました。黄色のラインは既に5年前に歩いた区間です。歩く方法は1回2泊3日の旅をつないで歩いていきます。 また旅の前半の糸魚川から塩尻までのルートは伊能図(伊能忠敬が測量した地図)にはありませんが、塩尻から三河までの行程は伊能図を辿る旅になります。 今回のブログは前回歩いた糸魚川からJR中土駅までを回想したものです。(2005.09.29−10.02) 第1日目(2005.9.29) 初日はスタート点糸魚川へのアクセスと市内観光でした。 自宅を6時過ぎにでて東京駅から上越新幹線、ほくほく線、北陸線を乗り継いで10時には糸魚川駅に着きました。糸魚川は千葉から意外と近いです。 この日は無理をすれば小網(おあみ)峠登り口の山口まで行けないことはなかったのですが、糸魚川の旅情に浸りたく駅前のビジネスホテルに荷物を置いたあと市内観光です。 まず最初に姫川河口を訪れました。塩の道はこの川を縫いながら南下していくのです。 初めて触れる日本海の水です。遠くに親知らずの断崖を望むことができます。 姫川河口付近には上流から翡翠(ヒスイ)が流されて海岸に打ち上げられると聞いていましたので探してみたのですが残念ながら発見できません。 ヒスイはありませんでしたが河口の小石をひろって旅の記念としました。 姫川港 河口から姫川港に回ってみました。糸魚川市内には石灰岩でできた黒姫山があって、デンカ(電気化学工業)や明星セメントなどで生産されるセメント製品が、港から積み出されています。船名の黒姫丸はこの山から付けたのですね。 隣接する漁港で釣り人と立ち話。姫川下流の根知谷に住んでいるといいます。リタイア後千葉の八千代市から移住してきたとのことで話が弾みました。 大糸線のレンガ造り車庫と相馬御風生家 駅の裏側にまわると赤レンガの車庫(大正元年(1922)完成)が目に入ってきました。中には雪国らしくラッセル車も見えます。90年の風雪に耐えた見事な風格です。 右の家は早稲田大学校歌「都の西北早稲田の森に・・・」を作詞した相馬御風の生家です。意外と質素な生家でした。 松本街道(千国街道)起点 明朝のスタート点も確認しました。東西に走る北陸街道から分岐して南下する松本街道(千国街道)の角に道路原標があります。往時は追分石(牛つなぎ石)がおかれていたと説明されています。 宿に戻る前に駅前の書店に立ち寄り「塩の道」関連の本を購入しました。旅に出て余裕があるときはできるだけ書店に寄るようにしています。地元ならではのローカルな本が見つかることがあるからです。 夕食後、天気予報を確認し3日目の宿(姫川温泉)を予約しました。 2日目(2005.9.30) 朝食前に海岸に出てみました。今はテトラポットで護岸されていますが、昔は沖合いに停泊した北前船からはしけで物資を陸揚げして内陸の松本方面に塩が運ばれたのです。 いよいよ「塩の道」歩きのスタートです。 今日は糸魚川の白馬通り(千国街道)道路原標から歩き出し、大網(おあみ)峠手前の山口集落を目指します。 塩の道は糸魚川市内の住宅街を辿ります。朝が早いせいか通学途中の中学生と同行です。振り返ると水平線がだいぶ高くなり徐々に高度を上げていることが分かります。 市街地も抜け北陸自動車道の上を越えて美山公園にさしかかります。展望台からは明日越えていく大網峠方面が良く見渡せました。塩の道は左の丘陵につけられています。右手は河口近い姫川の流れ、左手奥に以前登った雨飾山がかすんでみえてきました。 公園内には往時のボッカ(歩荷)像がありました。雪の深い時期には人の背で塩が運ばれたのです。平日のせいか殆ど人には会いません。 丘陵の道を一旦下ってJRくびきおおの駅がある大野集落に出ます。踏切を渡っていくと「だんな取材ですか」と理髪店のご主人が声をかけてきます。そして自分の撮った写真を是非見ていってくれと店内に案内されました。 壁は四季の風景写真で埋め尽くされています。一番の自慢は姫川からねらった頸城(くびき)の山々の写真です。 驚いたのは人家近くまで出没した熊の姿です。これからの山道に緊張がはしります。 もっと驚いたのは、お別れした後に追いかけてきて缶コーヒーをくれたことです。通りすがりの旅人をおもてなしする素朴な気持ちに感激です。 塩の道はふたたび丘陵を辿るようになって中山峠を越えて仁王堂のある根知谷に下ります。ここからは根知川に沿ってかって関所のあった山口集落に向かいます。取り入れ真近かの田圃の向こうに「日本百名山」で有名な雨飾山が近づいてきます。 今日の宿(民宿蛇橋屋)に一旦荷物をおいて集落を散策です。集落には塩の道資料館や牛つなぎの石、山口関所跡などの旧跡があります。 民宿は農耕器機やオートバイの修理業との兼業です。夕食もコタツでご家族同席で同じものを食べました。 (その2に続く)
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