旅は道づれ風吹くままに

ロングハイキングと地図と写真が好きなシニアです。

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(その1より)

3日目(2005.10.1)

民宿で昼食の握り飯を作ってもらい宿のおばさんに見送られて出発です。(7:30)
今日は大網(おあみ)峠を越えてJR平岩駅近くの姫川温泉に泊ります。

拡大したグーグルアースに塩の道のルートを描いてみました。険阻な峠道や姫川をよけて尾根を越える道の険しさが良く分かります。特に積雪期に撮影した衛星写真からは雪の「塩の道」がいかに大変なものであったかが想像できます。
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山口の集落を抜け左手に雨飾山につながる駒ヶ岳、鬼ヶ面山の岩峰をみながら峠道を登っていきます。
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やがてひときわ聳えたつ大杉が現われます。大塞(オオサイ)の神です。集落の入口にあって悪霊の侵入を塞ぐといわれています。往時積雪期に峠から降りてくるボッカにとっては良い目印になったことでしょう。
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やがて恐れていたハチと熊出没注意の看板がでてきます。草の道にはクルミや木の実なども現われ、大野集落で見た熊の写真が頭をよぎります。用意の熊除けベルをザックに吊るしホイッスルを吹き始めます。人間の存在を熊に知らせるしか方法がありません。

登り口の山口から約300メートル高度をあげて信越国境の白池に到着です。(9:20)
誰もいない国境の池は神秘的な静けさで夫婦の大蛇伝説にふさわしい佇まいです。
近くに雨飾山が迫ってきました。

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古い道しるべを訪ねて池の周辺を探索してみました。樹間の小径はGPSの測位も乱れがちです。

このあたり2万5千地形図をみると県境(新潟・長野)のラインが途切れています。今でも県境不明のままなのでしょうか。

左は角間池下道標で文政元年(1818)建立したもの。右松本街道大網 左中谷道横川と刻んでいます。

右の道しるべは現代風に見えます。

イメージ 9白池からさらに急登して角間池を経て海抜840メートルの大網峠に到達しました。(11:20)
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大網峠

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美しいブナの林間を抜けて大網集落を目指して下っていきます。

山道は整備され迷うことはないのですが、誰一人会うことのない道は寂しい限りです。

前方に後立山前衛の山並みが遠望できるようになります。雲の去来が速くなってきました。明日の天候が気になります。
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横川にかかる小さな吊橋を越えて大網集落に入っていきます。

集落を抜け姫川の右岸にくだるともうJR平岩駅はすぐです。

若い頃栂池からスキーで天狗原を越え蓮華温泉にツアーしたことがありました。3月の頃です。山小屋はまだ6メートルもの雪の中で屋根の一部がのぞいている状態です。小屋から雪のトンネルをくぐって露天風呂に行くと、其処だけ雪が解けて丸い空が見えていました。その蓮華温泉からこのJR平岩駅近くまでスキーでくだったことが思い出されます。

姫川を左岸に越えてJR平岩駅にでます。橋から上流を見上げると白亜の白馬大仏が目に入ってきます。明日はあの大仏の横を登って葛葉峠を越して行くのです。
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JR平岩駅を右見て大糸線のガードをくぐります。前方に姫川温泉が見えてきました。今日は糸魚川で予約した白馬荘に泊まります。

塩の道を歩くにあたってWebサイトをしらべていると素晴らしいガイドブックが見つかりました。この案内書には知りたい情報がすべて掲載されています。詳細な2万5千の地形図とそこに書き込まれたポイントは見事な取材力です。

早速出版元(白馬小谷研究社)に電話すると出たのは著者の息子さんの田中省三氏です。氏は現在塩の道ガイドとしても活躍されています。実はこの白馬荘は氏からご紹介頂いたものなのです。そのせいか夕食の膳は予想以上に満足のいくものでした。ありがとうございました。
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4日目(2005.10.2)

窓を開けると目の高さに大糸線が通過していきます。心配していたとおり今朝は雨になっていました。
宿の車で平岩駅の入口先の橋のたもとまで送ってもらい、ここから雨の中を歩き始めます。歩き始めは大糸線に沿って行きますが直ぐに右手を白馬大仏に向って登っていきます。
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白馬大仏を越えてを屈曲した道を登っていくと大トチ(葛葉の大栃)が現われます。中山道や甲州道中で出会った大トチと比べるとそれほどではありませんが、豪雪の中を生き抜いてきた厳しさを感じます。

葛葉峠に出ます。峠の茶屋は閉まっていました。(9:07)

小雨が相変わらず頬をうちます。
塩の道古道の下降路を探索してみましたが周囲は治山工事中で定かでありません。わずかにビニールテープのある踏み跡を見つけて蒲原温泉にくだります。
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下降直前に撮影したこの写真が、この旅最後の写真となってしまいました。カメラの電源がきれてしまったのです。5年前は一眼デジカメを使用していましたので、電源が切れたあとのカメラは防水シートに包まれた無用にかさ張る重い塊と化していました。

眼下に国道148号線が通る国界橋のアーチが見えます。塩の道は鉄橋の上の尾根を横切っています。
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国界橋で越後(新潟)から信州(長野)に入り姫川沿いに湯原にでました。落ち栗を拾いながら塩の道古道をたどり北小谷の道の駅にでて休憩しました。雨にも拘わらずここは観光客で賑わっています。
ここでリンゴを買い、ふたたび雨の中を歩き出します。風が無いのがせめてもの慰めです。

平岩から姫川左岸のJR中土駅までの塩の道はアップダウンの厳しい平地の街道歩きとは比べものにならない道です。
特に稗田山(ひえだやま)の大崩落記念碑のある浦川では雨のせいもあって濁った水が沢を流れ下り、時おり堰堤を落ちる岩の不気味な音が今でも記憶に残っています。

明治44年8月に発生した稗田山の大崩落は土石流が姫川を埋めて堰を作り、さらに堰が決壊して下流のすべての橋を押し流して日本海に達したと伝えられています。浦川を渡った先で72歳になってこの大崩落を取材した幸田文の文学碑があり、後世に悲劇を伝えています。

石坂から池原下の集落にでて今回の旅の終着としました。(15:44)

池原下からは急坂をJR中土(なかつち)駅に下り、無人の駅待合室でグショグショになった靴下を履き替え普通列車で大町に出ました。

今回の旅はオフシーズンの平日ということもあり、殆ど旅人に会うことはありませんでした。久し振りに単独行の緊張感を味わいました。5年前の情景がはっきり脳裏に残っているのも頷けます。

今回の最大の反省点はカメラのバッテリーの劣化に気付かなかったことと、予備バッテリーを用意していなかったことでした。また雨の中の歩行対策もこのことがあってゴアテックス仕様シューズの購入動機となりました。

次回はJR中土から千国街道を南下して青木湖まで進みます。

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