旅は道づれ風吹くままに

ロングハイキングと地図と写真が好きなシニアです。

伊能図を歩く−房総半島−

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自分流の歩き方

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はじめに、これから歩く沿道について図書館で事前に情報を仕入れます。そして歩くコースを決めて地図に書き入れます。(写真)特に脇道に入るときは曲がり角に緯度、経度を記入しておきます。(市販の地図ソフトを使用して緯度経度を知ります)そして現地ではハンディーGPSの緯度経度表示と照らし合せます。以前は現地で自分が地図上の何処にいるかを知ることがけっこう難しいかったです。ときには間違った道を2キロも進んでしまったこともありました。この方法を使うようになってだいぶストレスが減りました。

写真の中の透明のプレートはGPSの緯度経度数値から地図上の位置を正確に特定するための定規です。この場合にはあらかじめ二万五千分の一の地図に1分ごとに緯度経度線を引いておきます。

このGPSは電源を入れておくと通過点の緯度経度を自動的に記録してくれます。このログはUSBでパソコンに接続しアップロードすることができます。(写真)またGPSにはマークボタンがあって、お気にいりのポイントで押しておくとログにマークが付きます。ログには正確な時刻が記録されますのでデジカメの写真データと照合すれば撮影ポイントが正確にわかります。

またログには累積移動距離も表示されます。自分の歩幅を知っていれば歩数も計算できますので万歩計にもなります。小粒ながらなかなかの優れもの。伊能忠敬さんにも教えてあげたいくらいです。

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検見川は 花見川の河口を利用した 湊と継場(宿場)とを 併せもつ周辺地域の 中心的な存在で あったという。

検見川町5丁目には 典型的な宿場の特徴を示す 地割が残っているというので 注意して歩く。(地番割図)

たしかに 3間間口の短冊型に 地割した奥行きのある家並みが 続いている。(写真)

グーグルアース(google Earth)で この地域を拡大して 衛星写真と 地割図を比較してみると 特徴が良く分かる。

初めての道しるべ

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旧道は 検見川神社 南側交差点で 屈曲し南進する。
300m先 右側に宮間陶器店がある。ここは昭和5年作成の検見川町鳥瞰図にも表示されている老舗である。

この向かいの 住宅の角に 道しるべがある。(写真)「厄除不動尊 是より十八町」と刻まれている。天保12年(1841)のもの。左側面に 小中台村 日永寺とある。
古い地図では はっきり 日永寺への道を 辿ることができる(古地図)が、現在の地図では 宅地化、東関東自動車道の出現によって 古い道は消失している(現在の地図)。
今回歩く街道で 初めての道標である。ハンディーGPSで 位置を把握し 現在の地図にマークしておく。

以前 道しるべ探索で ここを訪れたことがあったが 日永寺の場所が分からなかった。今回解決できてよかった。
拡大写真はその時撮ったものである。今回再訪して住宅が建て替えられているのにはビックリした。しかし道標を 避けて 塀を作っていることに 優しさを感じた。

伊能図の朱線

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伊能図(写真)には 花見川河口付近とおぼしき所から 2本の朱線が出ている。

富士山と 大山の山頂をねらった 方位線である。測量の精度をあげる目標物として 格好の山である。市販の3Dソフトを使って 花見川の河口から 富士と 大山の遠望図を 描画してみた(描画図)

今は伊能図の地点からは 東関東自動車道の 橋脚が 視界を遮り 遠望できない。

花見川を渡る

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今日(4/25)は 幕張駅入口の信号から歩く。やがて 花見川にかかる 新花見川橋を渡る。(写真)この川は 印旛沼の水を 東京湾に流す川ということで 地元の人には良く知られている。今回 ここを通過するにあたって、地図の上で遡上してみた。

不思議発見である!! 京成大和田駅近くの 大和橋の少し先に 排水機場があり、ここを 境に川の流れが逆になっている。(地図) そうかここは分水界なのだ。もともと南北に分かれて流下していた二本の川を 掘割して つなげたものなのだ。
インターネットで調べてみて大分理解が深まった。(正式には印旛放水路といい 排水機場を境に 川の名前が変わること、江戸時代からの 工事の歴史、大雨時に 利根川・印旛沼・東京湾の水位を 監視して調節するためのポンプの仕組みなど)

古地図(写真)では 花見川河口から沖にむかって澪(みお)が延びている。資料によると 鉄道が敷設される前までは 五大力船が ここを出入りし 畑 近くまで上ったという。遠浅の浜を 喫水の浅い船が 出入りして大消費地江戸との間に 人と物資の往来が あったのだ。帆引き漁もあったというから 沿岸の緑の森とあいまって 絵になる景色を作っていたに違いない。

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