旅は道づれ風吹くままに

ロングハイキングと地図と写真が好きなシニアです。

道しるべ

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この道しるべは 榛名山の南西の麓、烏川沿いの 三ノ倉にあって 草津道と 榛名道の 分岐にあった。
(2006.11.18訪問)
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三ノ倉の道しるべ
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道しるべ正面 (左くさつ道 右はるな道)

上州草津温泉への道は 幾筋もあるが、江戸から草津温泉に往くには 高崎までは中山道をたどり、その先は 榛名山麓を西回りに 大戸に出て、須賀尾峠を越して 長野原から 草津に上っていくのが 一般のルートであった。

寛政七年(1795)に 江戸から湯治のために 草津に往った坂本永昌(さかもとえいしょう)が 記した 「旅のくちずさみ」 には この行程が詳しく示されている。(江戸温泉旅行 板坂耀子編 東洋文庫472 平凡社)

永昌は 徒歩あるいは馬の背を使って 江戸から6日間を要して 草津に到達している。 現代とは比べようもない。
永昌も この道しるべを 見て大戸の関所に 向ったのであろう。

この紀行文の最初には
やつがれ、年ひさしくなやましう。かしらなどいたく、やまひつねにおこる時は、むねあしく、ゑた(痛)みたえず。かくて二三日過れば、すさめる風の跡なきやうなれど、折々かくあれば、「かみつけ(上野)の国草津の出湯あみん」とおもひ立しに、・・・
と湯治に行く動機を記している。
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須賀尾峠手前の道しるべ(右くさづ道 左志ん州道)

それにしても 体調が不安定なときに 6日もかけて 山坂越えて 湯治に出かけること自体 驚くが、一方 旅に開放感と リフレッシュ効果を 期待して利用していることも分かる。

永昌は 草津で約20日湯治をして 元気を取り戻し、復路は 長野原から 狩宿(大桑)で 狼におびえながら 浅間山の東を越えて 沓掛(中軽井沢)に出て 中山道に入り、碓氷の関所をへて 江戸に帰っている。往復 約1ヶ月の行程である。

道しるべ探索も、このような旅行記とあわせて 訪ねてみると リアリティがあって面白い。
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ここは長野県塩尻市洗馬。中山道を別れてここから善光寺西街道が始まる。道しるべには「右中山道、左北国往還 善光寺道」と筆太に刻まれている。すきっととした字体がいさぎよい。追分にふさわしい。街道を歩いていると民家から婦人が出てきて洗馬宿の案内図をくれた。道には塵ひとつ落ちていない。(2005.10)

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これは榛名山麓高浜(群馬県高崎市)の六本辻の道標。草津温泉への道しるべを探しているなかでこの存在を知った。(2006.11)これは珍しい磁石型の道しるべ。

6本の道が交わる。この道の雰囲気をカメラで表現するのはむずかしい。(カーブミラーを含めて4本の道しか写せない。衛星写真を紹介する)

現在の道しるべも賑やかで今昔くらべて面白い。


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文字を判読するのは光線の加減でむずかしい。


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それでもレタッチソフトでなぞってみた。雰囲気は分かるだろうか。
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中山道歩きの8日目、例幣使街道との追分にある道しるべに到達した。(群馬県高崎市 2004.5)目の眩むようなコンクリートの道を進むと突然阿弥陀堂の追分が出現する。江戸時代、毎年朝廷の例幣使が中山道から分かれて日光に向った。徳川家康の命日に日光東照宮へ幣帛を奉納する勅使が通った道である。

追分という言葉は何か旅をいざなうひびきを持っている。
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このところ5月だというのに冷たい雨の日が続いている。この道しるべは2006年6月西会津の鳥追観音を訪ねた帰路、偶然に出会った。国道400号(西方街道)を南下し西方と柳津の分岐にある。

霧雨にけぶる分かれ道にひっそり佇んでいる風情が気に入った。

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