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昭和33年頃に購入した5万分の1地形図(立山)を傍らに 原作「剣岳点の記」を再読した。 この地形図では、美女平から 室堂に至るバス道は、まだ追分までしか 通じていない。黒四ダムや黒部湖も、もちろん無い。 しかし この地形図には 今の地形図では削除された 弘法小屋や立山温泉などが載っている。 だから 主人公柴崎測量官や 山案内人宇治長次郎達が 歩いたルートを トレースするには都合がよい。 この地形図に 原作に出てくる三角点をマークしてみると、 その行動範囲の広さに 驚かされる。まだ登山道が整備される前の 原生林を 今では信じられない 重装備で測量して 周ったのだ。 その頃の 測量状況をもっと知りたく 図書館で調べてみた。 何冊か手にした中に 建設省国土地理院監修の「測量・地図百年史」があった。 ページをめくっていくと、映画に登場する 測量機器の挿絵や 映画と同じ測量風景が 出てきて、映画のシーンが鮮明に甦ってきた。 下の 測量のための登山風景は 撮影場所が 示されていないが、雪渓の出合いと思われる風景だ。 映画「剣岳点の記」に出てくる 登山の装備は このような 実際の記録が もとになって考証されたのだ。 三角測量のための登山風景 また尾根に 危うい櫓(やぐら)を 設営して三角測量している作業風景もある。 このような先人の苦労があって 現在お世話になっている地形図が あるのだと思うと 本当に頭が下がる。 さらに この百年史には 明治40年度の三角科部署表が載っていた。 何と そこには 主人公柴崎芳太郎の氏名が測量手として載っているではないか。 偶然とは思えない掲載である。 国土地理院は 日本アルプスの 最後の空白部分を測量した 伝説的な人物として、その功績を 記録に残そうという 計らいが感じられる。 近いうちに 映画「剣岳点の記」を もう一度見てみようと 思う。
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その日その日
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映画「剣岳点の記」を 見てきた。(6/25) 岩の鎧(よろい)をまとった剣岳と 雪渓を取り巻く鋭い岩峰に 息を呑む思いであった。それに現地での撮影ならではの 迫力あるシーンに 身を乗り出さずにはいられなかった。 今までロングハイキングの折は 事前に三角点をチェックし、ルートに近ければ 出来るだけ 訪ねるようにしていた。 三角点に惹かれるのも、その一つひとつに設置のドラマがあるからだ。 映画館から帰って 新田次郎の原作「剣岳点の記」 を読み返しながら、 主人公柴崎芳太郎と 長次郎が辿ったルートを 地図上でトレースして 映画の回想にしたった。 私が 剣岳を 初めて真近に見たのは、 今から 51年前 1958年の夏。 第2回全国高校登山大会 「白山集中登山」 に参加し、その帰路 金沢から富山に出て、立山登山のついでに 剣沢で天幕を張ったときであった。 そのとき持参した地形図(1/50000)をひっぱりだして見ていると、 剣岳の標高が 3003m になっていること、三角点を示す 三角のマークが無いことに 気付いた。 最新の地形図では 三角点のマークと 標高2997.1m のほかに 2999m が 併記されていることも分かった。 ウエブサイトでこのへんの事情を調べてみると色々分かってきた。 ・・・いきさつ・・・ 1907年(明治40年)7月13日測量隊剣岳登頂。しかし、標石荷上げできず標石のない四等三角点とした。 (点の記なし)。 剣岳の標高は 周囲の既知の標高から 2998mと計算された。
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その後の測量で 標高が3003mに変更された時期があった。私が使用した地形図の剣岳標高は この時期のものだった。 また5万分の地形図には四等三角点は三角マークを表記しない ことも知った。
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2007年 剣岳測量100周年の記念事業として 三等三角点が設置され、GPSによる測地により、2997.1m に修正される。 そして「点の記」が作成された。 また、標石の標高(2997.1m)と 最高点(2999m)が 地形図に併記されることになった。(最新の地形図) |

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高校の同窓会が 笠森公園近く(千葉県長生郡長南町)であった。(5/25-26) 同窓会の現地集合が 4時半であったので 養老川上流の「梅ヶ瀬渓谷」 を周ってから合流することにした。 養老渓谷は 房総丘陵のほぼ中央に 位置して 自宅から 車で約1時間半くらいで アプローチできる。 小湊鉄道養老渓谷駅前から林道に入り「女ヶ倉トンネル」手前で車を置き「梅ヶ瀬渓谷」に入っていく。 (11:43) ここは紅葉で有名だが 新緑のカエデもすばらしい。 昨日は 雨模様であったので 水量を心配したが 問題なく、歩き出す頃には 陽射しも出てきた。 ハイキングコースは 蛇行する渓流を縫うように 沢の奥に続いている。 右に左に渓流を遡上する。途中 面白い崖の模様を見ていると ランらしき植物が目に入ってきた。 美しいが名前が分からない。 両岸は 切り立った崖で 水が滴りおちている。鬱蒼として 体が緑に染まるようだ。房総沿岸歩きとはまったく趣が異なる。 ステップ状の ミニ滝が ところ所あらわれて涼しさを感じる。 梅ヶ瀬渓谷を 訪ねるにあたって ガイドブック (房総の山 S52版) を見てきたが だいぶ 記述と風景がちがう。 大小の洞穴などを通過する 変化に富んだコースと 記してあるが はっきりしない。崩落したりして地形が変っているのかもしれない。 やはり砂岩で 浸蝕のはげしいところは 30年の短い年数でも 変化が大きいのかもしれない。 途中昼食休みを含め 約2時間で 分岐に到着する。 左に行けば 旧日高邸跡、右は 大福山 に至る。 今回は 右にルートを取り 急登(高度差150メートル)して 尾根を走る林道にでる。(13:49) ここから 150メートルくらい行くと白鳥神社入口が出てくる。急な石段を登り白鳥神社のある「大福山(262m)」に出る。 境内に神輿が収納されているのには驚いた。急な長い石段をどのように下ろすのだろうか。 近くに展望台もあり 市原市で最も高く展望が良い。 東京湾アクアラインも見える。緑の房総丘陵が気持ちよい。特徴のある高い山が無いことと 林道が複雑にあるので 地図読みが難しいと言われている。ときどき遭難騒ぎがニュースに載る。 頂上からは 林道を下り、渓谷の入口「女ヶ倉」から車に戻る。(15:30) 高校時代に 房総の山を訪れて以来の 訪問であった。昔と違って 一時間近くで アプローチできる。
次回は 紅葉のシーズンに再訪しよう。 |
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この時季、日本の 和菓子屋さんは 大忙しです。 世間は GWで賑わっているのに 連休中は かしわ餅 つくりの 手伝いです。 カミサンの姉が 和菓子屋をやっているのです。 大量に作るので、餅の中に餡(あん)を入れるのは 今は専用の 包餡(あん)マシンが担当します。 その後、柏の葉を 巻くのは 人手です。 かわいいですね。 きのうは 一家総出で 2千個以上を 巻きました。 ここの柏餅は、腰のある しっとりとした 餅と、中の餡(あん)がすこぶる美味いです。 五月晴れの鯉のぼりと、菖蒲湯と ほんのり柏葉の香りの餅は 初夏を迎える 風物詩ですね。 かしわ餅を 食べて 新型インフルエンザを 乗り切ろう。(!?)
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表示画像を 更新していたら、訪問者数が 突然 10,000 件 近く アップしました。 攻撃されたような 急激な アップです。 コメントや トラックバックも 多数あり、すべて エロい ものばかりで 削除が 大変でした。 訪問者数が 上がるのは 嬉しいですが、この手のものは 大迷惑 ですね。 皆さんにも、こんな 異常事態 ありましたか。 ところで、更新した 表示画像は、先日 伊能大図フロア展で 購入した コンパスローズ のコースターです。 コンパスローズは、部分地図を 正確につなぎ合わせて、一枚の全体図にするためのマークです。 これは 地図繋ぎの 割符の ためですが、デザイン、色とも素晴らしく、気に入っています。
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