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今話題の映画「武士の家計簿」を観て来ました。磯田道史著「武士の家計簿」(加賀藩御算用者の幕末維新)を映画化したものです。
武士社会で「そろばん侍」と軽くみられてきた主人公猪山(いのやま)家が、実直な算盤(そろばん)と執筆の技術を貫き幕末から明治を生き抜く異色の映画です。
「武士の家計簿」
映画のハイライトはふくれあがった借金漬けの家計を立て直すくだりです。収入と支払いと借金を明らかにして家族会儀を開き、着物、書籍、家具、茶道具などの資産を売り払い、日常の経費を切り詰めて借金を返済していきます。
チャンバラが登場する今までの侍映画とはまったく違った視点から武家の生活を古文書にもとづいて描いています。
印象に残ったのは執拗なまでの入払帳(家計簿)の記述です。毎日の収入と支出を家族の葬儀であろうが息子の出産日であろうが、その日の内に済ませ、そろばんで集計する徹底さです。
著書によると、この入払帳が37年間(天保13年〜明治12年)にわたって詳細に記帳されているとのことです。
現在ならパソコンを使って容易に家計簿をつけることが出来ますが、筆とソロバンだけで家計簿をつけるのですから大変な努力です。
もう一つ興味を引いたのは武士の身分家柄を維持するための「身分費用」です。
収入の4分の1はこの費用といいます。例えば武士が他家を正式に訪問するときには男家来を伴わなければならず、他家ではこの者にご祝儀御を渡します。現代では考えられないことです。
これを不経済と思っても止めるわけにはいきません。身分を維持するための必須の経費となるのです。
また通過儀礼や法事など慶弔の経費も、その家柄に見合った費用が発生し多大です。
家禄は仕事に与えられるのではなく家柄につくので、収入を維持するにはこの身分費用が重要になるわけです。まして江戸詰めなどのお役がつくと名誉ではありますが家計を圧迫し、そして借金の山が築くことになるわけです。
(我家の家計簿)
当家でもパソコンを使って「我家の家計簿」を毎日つけています。2005年から始めて今年で6年目になりました。猪山家と同じく干物一枚からレシートの明細をパソコンに入力しています。
初めこれを導入したときはカミサンの拒絶反応がありました。しかしパソコン入力は私がすることで許可がとれました。主婦は収支が明白になることに抵抗があるのです。
このフォーマットはカード型ファイルソフトを使って自前で作ってます。
月初めに前月の集計をして家計を確認します。レシートなどは1年保管がルールで集計時に前年同月分を廃棄します。
猪山家のように「入払帳」を作成して借金返済の家庭経営に資するわけではないのですが、「我家の家計簿」をつけると、どこから幾ら収入があって、何処に幾ら支出しているか、月や年間の収支はどうなっているかが明白になります。生活に秩序が出来ることは、かなり精神的な安定をもたらします。
また、あれは何時だったかなどを知りたいときはパソコンの検索機能をつかって支出データから簡単に日付を特定することもできます。家計簿は家族の生活行動も示しています。
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その日その日
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今回はキウイフルーツを干してみた。グリーンキウイとゴールドを混ぜて干してみたが彩りとしては美しい。
3日後には重さが3分の1に減少して、表面が海生生物の化石のようになってきた。
試食してみると、見た目は美味しそうだが甘みよりも酸味がかなり勝っている。
もう少し熟してから干せばよかったのだろうか。初めてだから試行錯誤の連続だ。
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自家製ドライ果物を試しています。一度ぜひ干してみたかったのです。
このところの冬晴れは干すには好都合な日和です。
初めてなので、色々な厚さにカットしたりして試してみました。
始めの写真は干し始めのもの、次の写真はバナナは3日、リンゴは2日経過した状態です。だいぶ水分が抜けてきました。
バナナの色はだいぶ市販のドライフルーツに近づいてきましたが、表面はねっとりとしてまだ弾力があります。
試しに食味してみますと食感が生とは違ったいい感じです、鼻に抜ける香りも濃くなっています。甘みも増してきました。
リンゴはカットが厚かったせいか2日過ぎてもまだ水分が大分残っています。もう少し干す必要があるようです。
買ってきても甘みの薄い果物に当ることがありますが、ドライにして甘みを凝縮させるのも面白そうです。
野菜やキノコ類も試してみたいと思っています。
Webサイトをみると果物の皮や芯も干してから煮出してお茶にしている人がいます。野菜屑などもドライして調理に使うといいようです。
太陽の恵みを使っているのでCO2も発生せずエコですね。
これからもスローフードライフを楽しみたいと思っています。
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(写真は yahooニュース から)
今朝ヤフーのニュース欄を見ていると「築200年の老舗旅館全焼 滋賀」が目に入りました。
もしやと思って詳細を見てみると、中山道武佐宿(むさしゅく)中村屋が全焼したとあります。
この中村屋は3年前中山道歩きの31日目にカミサンと宿泊した旅籠です。400年以上前の創業で浮世絵にも登場しています。
(中村屋にあった武佐宿の浮世絵)
旅籠内に展示された数々の遺物は運び出されたのでしょうか。近江牛のすき焼きを接待してくれた女将さんが思い出されます。
ニュースでは当主夫妻は無事であると報じられていました。出火元は1階調理場とありましたが、歴史のある建物が焼失するのは残念なことです。復元を望むばかりです。
このときの中山道近江路歩きは醒ヶ井(さめがい)から草津まで53キロを3日間かけて歩きました。
あのときは広重の浮世絵のうち近江路の場面をコピーして、どの辺から描いたものか推理しながら歩いたのも楽しい旅の思い出です。
(木曽街道六拾九次のうち恵智川)
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(千葉市より 2010.11.29 撮影)
冬型の気圧配置が強まった翌日は空気が澄んでスカイツリーの観察日和だ。
今朝(11/29)スカイツリーを眺めてみると、塔本体の上部にアンテナ塔らしきものがせり上がっているのに気がついた。
前回(10/27)から大分工事が進んだのがわかる。第二展望台もすっかり外形が整った。
いよいよアンテナ塔が伸びだして工事も終盤に入ってきた。アンテナ塔は137メートルとすごい。
伸びきると最高点634メートルに到達する。ますます目が離せなくなってきた。
(2010.10.27 撮影)
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