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大島弓子「夏の夜の獏」 白泉社文庫「つるばらつるばら」に収録
ISBN4-592-88359-4 C0179 \581E
大島弓子のある時期の作品にはよく老人とそのケアをするヘルパーとか家政婦が登場します。
「金髪の草原」では青年のままで時が止まっている老人のケアに通うヘルパー、大学生のなりす。
老人ばかりのマンションを購入したばかりにその年寄り達の雑用を押し付けられるはめになる若い女性とか、いくつか思い出すのですが、手元には今この本しかありませんのでこれを紹介します。
選集のタイトルにもなっているし、舞台劇にもなったりしていて結構メジャーな作品です。
主人公は8歳の少年、走次郎。
人には実年齢と精神年齢がありますが、彼は精神年齢が異常発達をとげて成人してしまい、見かけも青年になっています。
彼から見れば80歳の老人でも精神力がなければ1歳の幼児に見えます。
両親と19歳の兄は小学生くらいの子供の姿、祖父は赤ん坊に描かれています。
おじいちゃんの赤ん坊キャラがとても可愛いです。
少年はおじいちゃんが好きらしくこういいます。
>ぼくはおじいちゃんの妄想の世界をきくのがすきだ
>おじいちゃんは この部屋を 海にしたり 戦場にしたり
>みたこともない人を まねいたり 花畑にしてしまう
白泉社文庫「つるばらつるばら」P86より引用
最後に、おじいちゃんは亡くなり、ケアにきていた青井小箱さんとお兄ちゃんは一緒になり、両親は離婚、元いた家を去りながら迷子のように泣き続ける走次郎の姿は8歳に戻るのですが。。。。
先日、ミキサー食の方の食事介助をしていた時、ふとこの作品のおじいちゃんが頭に浮かびました。
目の前にいるのは実年齢80代の老人でも、もはや自力で食べることもできなくなり、認知も入っていて、食べることにだけに意識が集中している状態は、新生児のようなものでは?
もし、赤ちゃんの姿をしていたら、食介もオムツ交換も楽しいでしょうに・・・
離乳食の時期、小鳥のひなのように口を開く赤ん坊の口元に匙を運ぶのは楽しく
毎日のオムツ交換も健康状態のチェックができる楽しい時間でした。
そう思うと、あら不思議、目の前の老人が可愛い赤ん坊に見えて・・・・・・
(くる訳がないか)
でも、ちょっと感じ方が違ってくるから面白いっ! 前よりちょっと楽しいこの頃でした。
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