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娘の様子がおかしくなったのは、丁度1年くらいまえでした。
“学校に行く”事が当たり前と思っていた私はパニックになってしまいました。
息子は相変わらず手をかけないといけないし、
夫の事業も二店舗目の準備にとりかかっていた矢先の出来事でもありました。
来年春は二人とも進学を迎えます。
次の年はどう動こうかな?と考え始めた時期でもありました。
それから数ヶ月は娘に対しては、押したり引いたりの毎日でした。
色んな相談窓口を訪れたり、不登校を専門にしている病院に通ったり、
発達障害を見れる病院を受診したりしました。
学校にも出向き、スクールカウンセラーの先生に相談したりしていました。
娘が休みはじめてからの学校の対応には、憤りを覚えました。
娘が行けなくなった原因は、もちろん、学校だけではないと思っています。
小さい頃からの育った環境、小学校時分の人間関係、家庭の事・・・
私なりに思い起こしては、反省の日々を送っていました。
その間の学校は、『自分たちには非はない』と言う事ばかりでした。
娘は行けなくなった理由を少し話していました。
元気な人だったら、スルーできそうな事かも知れませんが、
思春期の中学生にはとっても重大な問題だったんだと思うんです。
不登校になる前後の先生の言動も、不適切なものもありました。
学校だけを一方的に責めるつもりはないんです。
私だってイラッときてひどい事言ってしまった、なんて事もあるわけですし。
その事を伝えても、学校は口をつむいだまま。
カウンセラーの先生と話しても、学校の動きは全く見えず、
改善の糸口も見つかりませんでした。
その間も、娘は頑張って変則登校していました。
頑張って出ているのに、ワガママととられているような、そんな対応でしたし、
不思議だったのは、クラス担任は登校した娘の顔をほとんど見る事もなく、
完全不登校時期も必要事項だけをたま〜に連絡する程度で、
娘の声を聞こうともしませんでした。
娘もまた、学校に関する事は全く受け入れられない状態でもあったのですが・・・
娘は、この学校には邪魔な存在なのかな・・・
そんな事さえ感じてしまう対応。
挙句の果てには『転校も本人にとってはいいんじゃないですか?』
なんて言葉も飛び出す始末。。。
転機が訪れたのは、ゴールデンウィーク明けだったと思います。
娘には超甘い夫が珍しくキレて、その日娘は登校しました。
学年が上がって、先生の移動があり、保健室には新しい先生。
家にこもって人恋しくなっていたのか、その日は保健室の先生とよくしゃべったそうなのです。
それから少しずつ変則登校するようになり、夏休み前には継続登校して、
2学期は体育祭にも参加しました。
あんなに嫌がっていた勉強でしたが、試験もまじめに受けているようです。
そして、今週、文化祭があります。
教室には行けないものの、合唱にも参加、そして、得意な絵を出品、
準備も着々とこなしています。
提出期限がなかなか守れなかった娘でしたが、
今回はちゃんと期限内に提出できたようです。
今、保健室には色んな先生方や、クラスメイトが来てくれて、
大好きなゲームの話や、アニメ、パソコンの話に花が咲いているようです。
最近は、体調が少々悪くても、休むって言わなくなりました。
今は学校の中に居場所がちゃんとあって、自分を認めてくれる友達もいて、
毎日が楽しそうです。
頑張って書き上げた娘の作品、観に行くのが楽しみです。
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