|
洗車雨 洒涙雨
豪雨はまことに困ります
本来梅雨は作物にとっては、恵みの雨です 日本列島は多雨地帯 祝福されています
ところで
七夕の前の日7月6日に降る雨を
洗車雨(せんしゃう)といいます。
彦星が翌日の七夕に備えて牛車を洗う水が、雨として落ちてくると言い伝えられているんですね。 洒涙雨(さいるいう)は
七夕当日の7月7日に降る雨です 「織姫と彦星が分かれた後に流す寂しさの涙」、あるいは「会う事ができずに流す悲しみの涙」とも言われます。
雨に感謝です
画像は、子供達が作った七夕飾りです
今の子供たちの夢と願いは実に多様です 「宇宙飛行士になりたい」
「アニメを作りたい」
「小説家になりたい」
みんな たくさん 勉強してね
|
丸の内にて
-
詳細
全1ページ
[1]
コメント(3)
|
丸の内切り取り 1
三菱一号館です
現在は美術館です この中庭が素敵です 丸の内の歴史
丸の内の歴史は、江戸時代までさかのぼります。
実は、江戸時代には、このエリア一帯は大名屋敷として使われていました。
徳川幕府が全国の大名に江戸城の建設を命じた際に、その準備として低地であったこの丸の内エリアの整備も行われ始めました。全国の大名たちは参勤交代制度によって、江戸に住むことを命じられていたので、第二の家としてこの地に屋敷を構えたのですね!
一つの屋敷に住む居住者は多くて5000人程度、少なくても500人はいたそうです!
明治維新以降は、大名は廃止され、大部分は軍の練兵場として利用されていましたが、1890年(明治23年)に三菱社が買取ったことをきっかけとして今日のようなビジネス街へと発展していきます。
ロンドンの市街地をモデルとした煉瓦造りのビル建設が進められ、大正3年(1914)に東京駅が完成すると、事業所の新設・移転が相次ぎました。新丸ビル、大手町ビル、東京ビル、日本ビルなどをはじめ、銀行や各種企業のビルなど巨大なビル群の建設ラッシュが続き、わが国最大のオフィス街として発展しました。
今三菱地所は、さらなる開発計画を進めています。
参考までに・・
三菱地所のこの界隈のビルのお家賃 坪2万円以上
ところで・・
三菱財閥の基礎を作ったのは、岩崎弥之助 岩崎弥太郎の弟ですね。 その岩崎弥之助ですが明治23年にとんでもない投資を行います。なんと当時の丸の内を当時の価格の数倍以上で土地10万7026坪に対して128万円(坪当たり11円96銭)という桁違いな高値で応札、購入したのです。
当時の明治政府は維新後の様々な出費で財政難に陥っていたため、費用調達のため丸の内の広大な土地を売りに出しました。しかし価格が高すぎるために買い手がつかず、そこで政府とつながりの深い政商:三菱に半ばおし付ける形で売りつけました。
当時の周辺の土地の価格は2,3円という時代で、しかも丸の内は明治の戦争で武家屋敷などが焼けたためにただの焼け野原にすぎなかったのです。そこに坪単価12円という4倍以上の高値で広大な土地を購入したのです。
いくら三菱が儲けているとはいえ、この金額の投資は失敗すれば三菱を根底から覆すほどの大決定でした。128万円という価格は、東京市の年間予算の3倍に相当する額になります。現在の価格では正確な換算はできませんが、おそらく数百億に乗るかもしれません。
それほどまでの巨額投資は当時の世間だけでなく、三菱の身内からも非難を浴びせられました。しかし当の弥之助は 「竹でも植えて虎でも飼うさ」 と平然と語ったと、三菱地所編纂の「丸の内の100年のあゆみ」(平成5年発行)に書かれています。また兄の「国あっての三菱」 という言葉に習い、「国家あっての三菱です。お国のために引き受けましょう」 とも語っています。
さて、三菱は一歩間違えれば財閥自体が消えかねないほどの巨額の投資をして丸の内を購入しました。結果、今はどうなっているでしょう。丸の内は日本の首都東京のどまんなかに位置し、日本の鉄道の玄関口東京駅が構えます。周りには超高層ビルが立ち並び、大手企業が本社を構え、上場企業の10%はここにあり、日本の国力の象徴ともなっています。
日本の政治中枢である霞が関や皇居なども目と鼻の先にあります。土地の価格はすさまじく上昇し、東京・千代田区丸の内2丁目、いわゆる銀座のあたりでは地価が1坪あたり2700万円となっています。三菱はこの丸の内に本拠地を構えているため、日本の中枢地域を握っている三菱は、日本国家がなくならない限り三菱もまた無くならないといえるほどの財閥地位を手に入れています。
誰がどうみても投資は大成功となりました。ちなみに三菱グループが丸の内の不動産賃貸収入で得ている金額は年間数千億円と言われています。不動産だけで並の財閥を超えてしまいます。
西南戦争のとき、東京から熊本まで、兵隊と武器を運搬したのが、三菱でした。この働きがあって、明治政府があるといっても良いでしょう。
西郷の敵ですね。 |
全1ページ
[1]







