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《ご本人たちは気づいていないようだが、求職者が「やりがいのある仕事」として「モジュール化された仕事」を求めるほどに、彼らを雇う賃金は安くなるのである。
このシステムを雇用者たちは最大限に活用した。
「職能給への切り換え」や「独立事業部制」を求める若い人は今も多い。彼らはそうやって仕事を他者たちから分離し、誰からもあれこれ指図を受けない独立の労働圏を確立したら、「働く自由」が手に入ると思っている。
だが、その代償に彼らは同じ立場の労働者と連帯する機会を失い、労働条件を切り下げ、労働のモチベーションそのものを損なっていることに気づいていない。
彼らが手に入れたのが実は「過労死する自由」かもしれないということに気づいていない》
●子どもたちに「自由」の意味を考える機会を、学校でも作ってほしいー。
家庭でももちろんそうなのですが、親の認識はまちまちなので、学校で考える時間を持つことが大事かな、とー。それも一方的に教えるのではなく、それぞれの子どもの考えを引き出す形でやっていくとおもしろい授業になるのはまちがいないはず。
【メディアのマナーについて】
《レヴィナス老師はかつて哲学の本務は「難問に回答することではなく、難問の下にアンダーラインを引くことである」と述べられたことがある》
●大切なのは、答えを発見することではなく、問い続けること、ということに通じるかー。
【配架の愉しみと語彙について】
《子どもの語彙の貧困は、その子どもの生活圏でゆきかう言語の貧困をそのまま映し出している。
それは子ども自身の責任ではない。
日本語が痩せているということがすべての問題の底流にある》
《勘違いしている人が多いが、「現代人は情感が乏しいので、情感を表す語彙が貧困になった」のではない。「情感を表す語彙が乏しくなったので、情感が乏しくなった」のである。
ことの順逆が違う。
言語の現実変成能力がどれほど強力なものか、それをほとんどの日本人は理解していない。
とりわけ言語についての理解の遅れた人々が現代日本の「国語」を宰領している。
私がメディアからの寄稿依頼を断り、それに倍する量の文字をブログに書き付けているのは、ここには「使用語彙の制限」がないからである》
●「言語の現実変成能力」という言葉は初めて聞きました。「情感を表す語彙が乏しくなったので、情感が乏しくなった」のだとしたら、読書の習慣をつけるというのはやはり大事なことですね。それが親にあるかどうかということにもなりますね。
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