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346ページの分厚い本でした。内容は、各地での講演やこれまでの論文を集積したものでした。
特に書きとめておきたい部分を抜粋しておきます。
【世界に類例をみない世代間ギャップ】
《テレビで言いますとイギリスで一番人気のある番組は、10代の少女でも50代の女性でも同じなんです。「イーストエンダー」のような連続ドラマが数十年間えんえんと続いています。男子で言いますと大人の男も10代、小学生の少年もサッカーが一番、土曜の夜10時ぐらいからやるサッカー番組ですね。名古屋グランパスエイトにいたリネカーがキャスターで出ています。それが男のほうの視聴率で見ますとトップです。
ところが日本の社会は、若い人たちの文化と、年上の人の文化が、歴然と分かれていく。この分かれ方は、ほかの社会から見ると異様なほどなのです。》
●異様なほどの日本の世代間ギャップは、いったい何が生み出したものなのかー。
それは、大人の社会が深く考えることなく、子どもを消費文化の渦に巻き込んでいったからなのか、はたまた、変に子どもに気兼ねしてしまう親が増えたからなのか…。
いずれにしろ、将来の社会を考えるより、今の利潤を追求する今の日本の社会が生み出した歪みでしょう。
【意識の劇的変化】
《もうちょっと内面の感覚とか意識という点で言いますと、「わかる」とか「信じる」とか、私たちが普通人と付き合ったり、日常的に生きていく上で基本的な感覚の部分で、普通だと思っているその中身も、ひょっとするとじつは相当変わってきているかもしれないと思います。
たとえば、「わかる」ということですが、私は現代の子どもたちの「わかる」が、「なるべく広く通用するマニュアルを発見する」「マニュアルが見つかる」という意味ではないかと感じているんです。わかるというのは、自分の中で理解するというより、お互いが共通に利用できるマニュアルをつくったり発見することだと考えている節がある。だからコンビニみたいなものが一番わかりやすいというかよく「わかる」。
ところがそうじゃなくて、たとえばスペインのバルとかフランスのカフェとか対面ですよね。対面で話をしなくちゃいけない。これはわかりにくいしすごく困る。そういうものはなるべくなしで生きていたほうがずうっとわかりやすいし、その世界のほうが通りがいいと思っている可能性は強いと思います。そうすると「よくわかる」といっている中身そのものが、どうも変わっている可能性があるわけですね。》
●「わかる」の中身が変わってきているかもしれないーとの言葉を見て、なるほどなと感じました。
これも「世代間ギャップ」と言えるのでしょう。言葉の捉え方が違ってしまっているのですから。言葉の使い方にしろ違うのですから、同じ言葉を使っていてもその意味が違っている可能性は大でしょう。
そのことを意識してコミュニケーションしないと、それこそコミュニケーションにはなりません。まずは大人が意識するより他にないでしょう。
【「よい子」の幸福論の破綻ー4 自分を超える】より
《「強くなること」の本質は捨てることにある。よりよく「捨てる技術」の修得をつうじて「より強いわたし」を発見し、新しい世界を発見することが「よい子」の幸福論に特徴的な論理であった。
そしてこれは、「もつこと」の欲求が飽和状態に達した消費社会の現実を念頭におくならば、きわめて自然な幸福論であろう。修行や神秘体験といったいかにも「前近代的成長装置」とお手軽で浅薄なコンビニ風の「成長コース」との一見奇妙な融合も、80年代における幸福追求のこの性格を考えれば納得がゆく。》
●《「強くなること」の本質は捨てることにある》、このフレーズにとても惹かれました。上記の抜粋だけではよくわからないことでしょうがー。すべてに通じるような深い意味を持つ言葉に感じられます。
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