さまざまな学びのかたち〜すくーるhana便り〜

「学力がつく」ことは「人間として生きる上での自信がつくこと」 …教育・子育てについて等意見交換しましょうねー

私のこと

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 お正月中に読むことができたのは、この『悩む力』1冊のみでした…。これも大半は、家族でバスに乗ってお参りに行く途上のバスの中で読みましたから、子どもが休みで家にいると、やはりほとんど本は読めません…。

 姜さんのこの本はとても読みやすく、どんどんと読み進めていくことができました。この本の中で一番印象に残った部分を一点、記しておきます。
                        *
 [第一章 私とは何者か]から 【「相互承認」しか方法はない】より

《結局、私にとって何が耐えがたかったかと言うと、自分が家族以外の誰からも承認されていないという事実だったのです。自分を守ってくれていた父母の懐から出て、自分を眺めてみたら、社会の誰からも承認されていなかった。私にとっては、それがたいへんな不条理だったのです。単なる思い込みだったのかもしれませんが、当時の私には、どうしてもそうとしか思えなかったのです。そして、それまで一心同体であった両親さえも、対象化して見るようになってしまいました。非常に殺伐とした気持ちでした。

 この経験も踏まえて、私は、自我というものは他者との「相互承認」の産物だと言いたいのです。そして、もっと重要なことは、承認してもらうためには、自分を他者に対して投げ出す必要があるということです。

 他者と相互に承認しあわない一方的な自我はありえないというのが、私のいまの実感です。もっと言えば、他者を排除した自我というものもありえないのです。》

●誰でも通る道と言えばそうかもしれませんが、姜さんは「私とは何者か」ということに対して、悩みに悩んだ方だということが、本書を読んでよくわかりました。
 その当時の気持ちを思い起こし、今の若者たちに「大いに悩んでいいんだよ」ということを伝えたいがために、この本を著したと言えるのかもしれません。

 私も大学時代に悩みました。半年以上は今でいう引きこもり状態で、ほとんど誰にも会わず、自分の行く末、自分はどう生きてどんな人生を送りたいのか、ということに関して突き詰めていきました。
 周りはほとんど就職活動をする中で、私はそのようなことをする気がまったく湧きませんでした。

「どうして君が学校の先生になるの?」
「どうして君はそのようなものを作っている企業に就職するの?」
「どうして君はそのような道を選ぶの???」
 学友たちに対するそのような疑問でいっぱいでした。

 そして私は「草の根の視点で生きる」と意気込み、大学を辞めて友人を頼って東京に出て行く道を選びました。1986年のことでした…。

 そして紆余曲折を経て今に至るわけですが、私は自分の選んだ道をまったく後悔していません。後悔していないどころか、「草の根の視点で生きる」という方向性を決めたからこそ、今の仕事があり生活があると思っています。そしてそれは、当時思い描いていた自分の将来像以上に充実した日々であることは間違いないような気がしています。

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