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対談によって、お二人のこれまでの歩みをよく知ることができてよかったです。特に滝川出身の雨宮さんの受けて来た学校教育に言及する部分は、私も滝川の近くの芦別に住んでいたことがあるので、その当時を思い出し、頷ける部分がありました。「北海道の教育」に言及していた佐高さんの見識にもなるほどと思わされました。
最近も滝川の中1生が自殺しました。まさかもう起きるはずがないだろう…と思っていたことが起きてしまったのです。雨宮さんの時代、そして数年前の「いじめ自殺隠蔽事件」、そして今回の件、これらはすべて同じ地域で起こっているのですから、そこに何らかの理由がないはずはないでしょう・・・。
以下、気になった部分を抜粋しておきます。
[第1章 廃墟に閉じ込められたフリーター]から【廃墟に閉じ込められる若者たち】より
《雨宮:私は戦争前のイラクに行っているんですが、私の知人はイラク戦争が始まってからイラクへ行きました。彼はイラクに何か月か滞在して、何人ものイラク人が死ぬのを見て、戦争はおかしいと思って日本に帰ってきた。そうしたら、日本では彼の友達が何人か自殺していたんですね。彼はそのときに「日本とイラクとどっちが戦場なんだろう」と言っていました。
イラクでは多くのイラク人が米軍に殺されている。かたや日本は「平和」と言われているのに、若者が自らを殺してしまう。イラク戦争が始まってから二年間のイラクの民間人の死者と、同時期の二年間の日本の自殺者を比べると、日本の自殺者のほうが多いんです。これはやはり異常な事態だと思います。これだけ人が死んでいるけれども、ここが戦場だとは理解されないし、誰にも見えない。》
●年間自殺者3万人以上、未遂を含めるともっと多く、また自殺は残された遺族や友人知人たちに多大な影響を与えると言います。それを考えると、「自殺」に影響される人生を送ることになる方は、10万、20万、と膨大な数になります。
自分の身近で起こらなかったらそれこそ「人ごと」としか思えない日本における自殺者の増大は、実はいつ自分の身に降り掛かるかも知れない「自分ごと」として考えるべきことなのだと思います。
ましてや、「イラク戦争の二年間のイラクの民間人の死者より同時期の日本の自殺者の方が多い」というのは、異常と言わずしてなんと言うのでしょうかー。
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昨日のコメントへのお返事、ありがとうございました。佐高氏のお話しは何年か前、憲法改悪阻止全道集会の際お聞きしました。城山三郎氏の思い出を中心に、現状への痛烈な批判が繰り広げられていました。「イラクと日本の比較」は「マガジン9条」で読んだことがあり、授業でも紹介したことがあります。ちょうど「ブラス」という映画を鑑賞した後だったので、失業者の増加や若者の労働問題に関連させて、世知辛い世の中をいかに生きていくかという事を語ったのでした。1月にお話しを聞いた本田由紀さんも、自身の「軋む社会」を引用しながら、「自分に殺される日本社会」の問題点を力説していました。赤木智弘氏の「希望は戦争」の様に、戦場の比喩で世の中を語らざるを得ない今日の状況をいかに変えていくのか。まさに「自分ごと」として一人ひとりが問われているように感じます。ソマリアへの自衛隊派遣が、国会審議もなしでなされてしまう危機的な状況の中で、安易に貧困から愛国にあおられるのではないあり方を模索しなければなりません。まずは目の前の子ども達と共に、世界の現実を見据えて語り合う事から始めたいと思っています。
2009/3/16(月) 午後 6:48 [ sas*ki*o*chi1*20 ]
今度、読んでみます。
2009/3/16(月) 午後 11:10 [ チキサニ ]