さまざまな学びのかたち〜すくーるhana便り〜

「学力がつく」ことは「人間として生きる上での自信がつくこと」 …教育・子育てについて等意見交換しましょうねー

雨宮処凛

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以下、本文よりー
 
《佐高:戦争中、歴史学者の羽仁五郎は、天皇制教育を受けさせたくないということから、子どもの羽仁進を公立の学校には行かせなかった。キリスト教にもとづく自由教育を目指して羽仁もと子が創立した自由学園に入れたわけです。ただ、それはごく一部の恵まれた立場の人だからできたことかも知れませんが。

雨宮:非国民呼ばわりだったでしょうね。

佐高:それを覚悟しつつ、学校に行かせないという生き方があったんです。そういう考えを持っている人は、学校万歳にはならない。

佐高:東大法学部卒業みたいな戦後民主主義のエリートたちは、彼女たちの存在に逆にビビるわけですよ。ビビるだけの感性は持っている。そうすると中山千夏が花柳幻舟をちょっとたしなめて、「小学校中退とか、あまり言わないほうがいい。まともな感性を持っている人は学校へ言ったことを恥じている。そこを何度も突っついてはいけない」というふうに言う。本当はそういう人が教師になればいいんです。

 雨宮さんに言われて改めて認識させられたのは、戦後民主主義だということです。競争を強制される生徒にとっては、そこが生き地獄の戦場になっていた。》

 [第3章 「生きさせろ!」という生存運動]から【「怠ける権利」とプレカリアート運動】より

《佐高:マルクスの時代といまを較べることはできないけれども、マルクスは『共産党宣言』のなかで既成の労働者階級からはずれたルンペンプロレタリアを、旧社会の腐敗物であり、革命のときには反動の側に利用されるだろう、革命の側に立つことはまずないと言って、ある種切り捨てるんですね。

雨宮:そうだったんですか。知らなかった。それは、いまで言えばニートや引きこもりを切り捨てるという感じですか?

佐高:時代状況が違うから単純にはアナロジーできないですけどね。マルクスが考えたのは、働かないで搾取している連中に対する労働者階級の抵抗だったから、労働ということに重きが置かれるのは仕方がない面もある。労働の価値を強調しないと搾取を批判できないわけですから。

「働かざるもの食うべからず」というのは、たしかレーニンがパウロを引いて言った言葉で、労働に対して正当な対価をよこさない支配者層に向けた言い方なんだけど、こういうところにもやはり労働を至上のものとする発想がある。左翼の運動のなかに、組合中心主義や学校至上主義を生んでしまう体質がずっとあったのは確かですね。》


●なるほど、そういえば私の家も小さい頃は「学校絶対」みたいなところがありました。昔はみんなそうだった、と言えるのかもしれませんが。でも、小学校でも中学校でも、なぜか父親と懇意の教員がいたのが不思議でした。今思えば、共産党の活動をしていた父親と、組合の活動をしていた教員が懇意になっていてもおかしくないわけです。

「働かざるもの食うべからず」は昔から言われていて、そういうものだと私なんかも信じ込んでいましたが、考えてみればそこからはじき出される人のことを考えていない言葉ですね。特に今の時代安易に使えない言葉だと感じます。

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