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【ロストジェネレーションは何を失ったのか?】より
《ミスもチャンスもどちらもグレーゾーンに発生する。この経験則が、私たちの社会で現在進行している危機と、組織的停滞の理由を説明していると私は思います。
個人の原子化・砂粒化の急速な進行、「自己決定・自己責任」の呪文に煽られて、「モジュール化」された業務に「自分らしさ」の発現を求めている人々。
当節の格差社会論の論理的な瑕疵については、これまで何度も書いてきたので、もうここでは詳細にはわたりませんけれど、「自己決定・自己責任」すること、「個性的であること」への病的なこだわり、「恊働」という生き方に対するつよい忌避とそれがもたらす「共同的に生きる能力」の不足が若者たちを非正規雇用や劣悪な労働条件に追い込んでいるということは、重ねて確認しておく必要があると思います。》
《今の時代が失ったいちばんたいせつなものは、この「仲間と互助的な共同体を作って、貧しい資源を分かち合う」という作法ではないかと私は思います。それはでたらめな豊かさを謳歌した80〜90年代に根こそぎ失われてしまった。だって、もう貧しくないわけですから。だれも互助も連帯も必要としていない。その20年間に、日本人は「連帯する技術」をすっかり失ってしまった。》
●そうか、あのバブルの時代に失われたものは、取り返しがつかないほど大きかったのでしょうね。そうなんだろうなとなんとなくは思っていたのですが、内田さんの言葉によりとどめを刺されたような思いがあります。
私自身、バブルを謳歌しました。でもそれは、一般的にそこからイメージされるようなこととは違います。マネーゲームにうつつを抜かしたわけでも、夜毎六本木に繰り出したわけでもありません。もっとも仕事場は六本木でしたが、早朝6時に着いて、午後4時頃には帰るという生活でしたから、夜の六本木は知りません。知りたいとも思いませんでしたがー。
確かに、飛ぶ鳥を落とす勢いの?外資系証券会社に潜り込んで、今では考えられない時給を得、年に1〜2度は海外旅行に行ってました。が、私の場合、それはすべて自分への投資であり、ブランドものや悠々自適に単に楽しむための旅行とは一線を画したものでした。
バブル経済を利用して、オルタナティブな道を極める動きをしていたと言えるかもしれません。それは、自分自身を知り自分自身のネットワークを作り、心と心のつながる仲間に出会っていった、私にとってはそんな時代、そんな東京での9年間でした。
ですから、内田さんの言うような、「連帯する技術」を養っていった時期と言えます。それをすることができた、あるいは、それを志向した最後の世代なのかもしれないーと、フト思いました。
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