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[講義その9 日本は科学技術立国をめざすな]から 【損得以外にある「気分のよしあし」】より
《昔、私がNHK教育テレビの『真剣10代しゃべり場』という番組に出たときのことである。若者に、「なぜ、ゆとり教育をやるのか」と聞かれた。「生涯学習社会を作って、差別のない、みんなが認められる社会を作りたい」と言ったら「ウソつき」と言われた。「あなたは男で、健常者で、育ちもよく、肩書きも収入もある。なぜそんな人が差別をなくすというのか。差別があったほうが得だろう。自分が損することを一生懸命やる人がいるなんて信じられない」
子どもの不信感はよくわかる。日本の大人は自分さえよければいいと思っている人が多く、それに傷ついた子どもが『しゃべり場』に集まっていた。
私はそのとき、「損得」のほかに、「気分のよしあし」のあることを説明した。得だから気分がいい、損だから気分が悪いというのは経済的価値観だ。だがそのほかに、得だけど気分が悪い、損だけど気分がいいということがある。
文化というファクターが入ってくれば、「ボロは着てても心は錦」という状態が出てくる。金持ちでも鬱々とした思いで暮らすこともある。
それを地球規模で考えると、貧しいうえに幸せでない人がいることをどう思うか。知らないうちはいい。だが、知ってしまった以上、目をそむけていたら、自分は豊かで幸福で得だけれども気分悪く生きていかなければならない。》
●私はこのときの「しゃべり場」を見ていたと思います。寺脇さんは子どもたちと目線を同じくして、わかりやすくまた子どもたちに共感しながら話そうとしているにもかかわらず、子どもたちは寺脇さんの話を真に受けようとしない姿に、私は少々戸惑いを覚えていました。
そして、それほどまでに子どもたちの大人一般に対する反感は強く、またきっと傷つけられながらきたのだろうとも思いました。
寺脇さんは、子どもたちにとっては文部科学省のいわば代表として受け止められていたのでしょうから、学校に対する反発は即、文部科学省、すなわち寺脇さんへの反発となり、寺脇さんが何を言おうと聞く耳を持たないという感じでした。
今は、「語り場大学」という場を持って、大学生を中心とした若者たちとそれこそ「語り合う」ことのできる場を作っています。文部科学省のお役人という肩書きが取れたからこそ、若者たちに受け入れられたのかもしれませんね。
●「あなたにとっての幸福とはどんなことですか?」ともし私が尋ねられたら、「(自分以外の)ヒトが幸福になることが、結局自分の幸福」と、今現在四十数年生きてきた私は答えるかもしれません。
自分自身が満たされることはもちろん必要で、その前提の上に成り立つ答えなのかもしれませんが、幸福であることの本質はそのようなところにあるのじゃないか、と感じます。
こんなこと、若い人にとっても通じませんね。「何カッコつけてんだ〜」と思われるのがオチでしょう。でも、そうなんだなぁ。ここらへんは、寺脇さんの考えと共通しているかもしれません。それが傍から見て損をしていると思われたとしても、自分自身にとっては心の糧となり、決して損とはなっていないはずです。
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初めまして!
遊びに来ました!
これからヨロシクお願いしま〜す<m(__)m>
2009/6/19(金) 午前 11:25 [ 寿子ちゃん ]