さまざまな学びのかたち〜すくーるhana便り〜

「学力がつく」ことは「人間として生きる上での自信がつくこと」 …教育・子育てについて等意見交換しましょうねー

教育全般

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藤田ー
《この25年間、改革の理由や目的とされたことは、大きくいってふたつあります。
 ひとつは、時代の変化への対応です。情報化、国際化、IT化。それと、この10年ほどはグローバル化とそれに伴う科学技術開発競争や経済競争の激化。そのための人材育成が急務だ。だから、自ら学び考える力、問題解決能力・創造力の育成や、コンピューターリテラシーを教えるなど、教育の内容と方法を変えようということです。PISAの結果や学力をめぐる議論などはすべてこの変化する社会への対応の問題なのですが、さきほどから述べていますように、必ずしも改革は成功しているとはいえません。

 もうひとつは、教育病理とか学校病理と言われるものへの対応で、たとえば校内暴力、いじめ、不登校、学級崩壊、少年犯罪。もうちょっと前だと、家庭内暴力や受験苦自殺。これらの病理現象は日本の学校教育に問題があるから起きているのだから、教育を改革しなければならない、という理屈です。ところが、校内暴力、いじめ、不登校も、少年犯罪も、すべて欧米でも起こっている。とすればこれは、ことさら日本の教育制度が悪いからというものではない。

宮台さんがおっしゃったように、日本でも80年代から社会環境が大きく変化し、刺激の多い高度情報・消費社会になっていますが、それは先進国共通の変化です。したがって、原因は学校にあるというより、むしろ社会にある。学校教育に原因や責任の一端はあるかもしれませんが、そういう大きな社会の変化、情報コミュニケーション・メディアの変化や家庭・地域社会の変化、産業構造や雇用制度などの変化も含めて、そのなかで教育はどうあるべきかを考えなければならない問題なんです。

 しかも少年犯罪にいたっては、少年の凶悪犯罪が起こるたびに大騒ぎし、根本的な改革が必要だと言って改革を進めてきた。しかし、少年犯罪は世界の先進諸国のなかで日本がもっとも少ない。少年による殺人にしても、1960年代までに比べれば大幅に減っている。しかも、80年代までは学力もTIMSS調査でトップだった。その意味で、これほど成功した教育システムはない。

 だからこそ欧米は「日本に学べ」と言って80年代以降、改革を進めてきた。日本の少年犯罪が少ないのは、日本の学校教育や地域社会が「コミュニティ性」、「コミュニティ」と言える要素を維持しているからだと考え、きめ細かな指導、部活動の充実、地域の学校参加など、「コミュニティ」としての要素・機能の充実を図ってきている。

 ところが、日本は最近15年間に、そういう「コミュニティ性」の基盤、優れた日本の教育を支えてきた基盤を崩すような改革を進めてきた。学校選択制やエリート的な中高一貫校、テスト学力の重視、道徳教育・愛国心教育の強調、管理主義的・成果主義的な教員評価・学校評価など。どれも教育の基盤を豊かにするどころか、その基盤を掘り崩していくものです。

変化した時代・社会にあて、学校教育がどういう難しさを抱えているのか、子どもたちが昔とは違った時代に生きているのにどう対応したらいいのか。政治家もそうですが、そういうことをきちんと考えないーあるいは考えることができないー人たちが審議会の委員になっていることこそ大問題ですね。》


●「社会の変化、多様化の中で教育はどうあるべきかを考える」、というのは本当に必要なことだと思います。脈々と連なる流れを途切れさせず、しかし時代の変化に対応する、ということは、教育の本質を考え続けないことには実現不可能な大きなことなのではないかと感じます。

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