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[平井雷太さんとの出会い]
1986年から1995年東京在住時、私はさまざまな音楽を体験しにいくことに加えて、さまざまな人と出会い、さまざまなワークショップを体験することも並行しておこなっていました。
そして、ある芸術系?のワークショップで、らくだメソッドの開発者である平井雷太さんと同じ参加者として出会いました。
そしてその数ヶ月後、私は平井さんの主宰する‘すくーるらくだ’で行われた「ニューボランタリー講座」に参加して、初めて「インタビューゲーム」を体験しました。
その講座に参加したのが1995年11月頃、そして私はほどなく12月末に札幌へUターンしました。
講座には参加したものの、当時の私は「教育」「子育て」「算数」「塾」などに全く関心を持っていませんでした。ただ、平井さんという人物を知るにつれ、彼の考え方に共鳴していき、「彼が作ったらくだ教材はきっと単なる教材ではないのではないか」という思いを強くし、いったいどのような教材で、何を目的にして作ったのかということに、興味を持つようになっていきました。
その後、平井さんが北海道を訪れる度、私は彼を囲んだ講座を開くようになりました。
北海道には、北広島の「天使の園」という児童養護施設と、札幌市北区拓北の「私立札幌三育小学校」にらくだ教材が導入されていることもあり、平井さんは来道する機会が当時よくありました。
らくだ教材に関心を持った私は、まず自分で体験してみることにしましたが、まだこれを使っての教室を開くなどということは考えていませんでした。
[人生のパートナーとの出会いから開塾へ]
2003年、ジンベが取り持つ縁で知り合った女性と結婚することになり、その女性に小学1年生になる子どもがいました。私たちは、この子をらくだで育てるには絶好のタイミングと思い、これを機に自宅を中心に教室を開くことに決めました。
もっとも、自分が教室をやることには最初躊躇がありました。教育に携わるには、それなりの教育を受けていなければならない、と思っていたからです。私は「先生という仕事には決してつくまい」とずっと思ってきました。知識、人格、そして教えるということについて、卓越したものを持っていなければならない、と思い込んでいたからですー。
しかし、平井さんの考え方は違っていました。
「先生になろうと思っていないような人がらくだの指導者には向いている。飯田さんなら、これまでに、あじあくらぶやジンベの活動でネットワークの広げ方を体験してきているし、介護体験の後に子育てをまさにこれから体験しようとしている。学び続けてきているし、これからも学び続けようとしている。らくだの指導者は自ら学びつづける人でなければいけないんだし、自分の子どもにやらせようとしているならピッタリなんじゃない?」
ーと、そのような言葉に後押しされて、私は開塾することに決めたのでした。第1号の生徒は娘、そして今は40名弱の生徒さんがすくーるhanaの生徒や通信生になって、学び続けています。
3、らくだ教材とインタビューゲーム
[らくだ教材とは?]
らくだ教材は、平井雷太さんが、保育園に馴染めないでいた自分の息子さんが、小学校に入ったら「いつ不登校になってもおかしくない」と感じ、「学校に行かなくなった場合、いつでも行きたくなったら戻れるようにするには、最低限何をやっておけばよいか」と考えた結果、「算数だけは積み重ねが必要なので、その力をつけておかなければいけない」ということで、お子さんが4歳の時から作り始めました。
平井さんはそれまでに、さまざまな教育現場を体験したり、通常の塾を主宰して子どもたちに教えたり、公文教育センターに勤務して教材開発を担当したりしてきましたので、それらを総合した上で、「教えなくても自ら解き進めていける教材」の開発に着手しました。
なぜ「教えなくてもできる教材」をコンセプトにしたのかというと、ご自身が「短気で、すぐ怒鳴ったり手を上げたりする」ことを自覚されており、この状態で子どもに接しても、「お父さんと勉強したくない!」と言われて続かなくなることが予想されたためということです。
口で説明しなくてもできるプリントとして、さまざまな配慮がなされており、算数数学は主に計算問題になっています。計算は自分で問題をやらないと身につかないからで、同様に、国語教材は漢字、英語教材は英作文に特化されています。約10年の歳月をかけてらくだ教材は幼児から高校教材までできあがりました。
すべての分野を担おうとしないからこそ、「教えられなくても解き進めていける教材」ができました。しかしその結果、算数数学で自分の学年以上に進むようになると、文章題や他の教科においても困らない子どもがほとんどとなっています。
学年以上の問題をするということは、「習っていない問題でも自分で考えてやる」ことになり、それは文章題を解くことよりも難しいことを、自分の頭を使ってやっているようなものだからです。
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