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【「感染動機」は知識を血肉化させる】
《ぼくが小室直樹や廣松渉にひかれたのも、まったく同じ理由だった。小室も廣松も信じられないほどの知識量が、人格の中にきちんと構造化されている。彼らはひと言もしゃべらなくても、圧倒的なオーラがあった。
チョムスキーと同じで、彼らがものすごい教養を持っているのは、彼ら自身に「核」があるからだと直感した。ぼくの身につけた教養はすべてが、彼らのような人間に「感染」して、「彼らならどう見るだろう」とシミュレーションしながら、ものを見てきた結果だ。
彼らの知識ひとつひとつは、問題じゃない。書かれた書物もふくめた「たたずまい」を見ていると、突如「この人は絶対にスゴイ」としびれる瞬間が訪れる。それらが訪れてからは、「その人だったら世界をどう見るのか」をひたすらシミュレーションするだけだ。
ぼくは偶然そういう経緯をたどったけれど、こういう「感染動機」からものを学ぶやり方をたぶん君は知らないだろう。これ以外の「競争動機」や「理解動機」で先に進んでも、砂粒のような知識の断片が集まりがちだ。「感染動機」だけが知識を本当に血肉化できる。》
●ここらへんの宮台さんの話にはとても共感します。14歳にはちょっと難しいかなとも思うんですが、すぐにはわからないようなことであっても、伝えようと思うことは大事なのかもしれません。
「知識の血肉化」ということも、大事なことでしょう。単に知識を詰め込むのではなく、自分のものとして、自分の人生に活かすことでしょうから。
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