|
《人間と社会は、愛と思いやりが支えているのです。
そして、愛と思いやりがあればこそ、
私たちは社会的な不正に怒りを持つのです》 ダライ・ラマ
[人はなぜ集まりたがるのか]
《ダライ・ラマは、我々の社会の根本にあるのは、「愛と思いやり」なのだ、と断言されます。そこから全てを考え始めなければならないといいます。
人間は、戦争をする人でも、人をだましてお金を手に入れようとする人でも、ただひとり孤独に生きている人はいません。家族とともに生きたり、友達と共に生きたり、村をつくったり町をつくったりして生きていく。それは、人間は人と一緒に生きたい動物であり、言い換えれば、人間は社会的動物であるということなのです。
私たちはどうして集まりたがるのでしょうか。それはやはり、人間が生きていく上で、愛情とか思いやりを必要としているからです。誰も傷つけ合いたいから一緒に生きているわけではないのです。人間どうしを結びつけているのは、何よりも愛と思いやりなのだということから出発しなければいけません、とおっしゃっていました。
言われてみれば、こんなことダライ・ラマに言われなくなってわかっているよ、と言いたくなりますが、実は意外と、私たちはこれがわかっていないのです。》
●「愛と思いやり」…なんともこそばゆい言葉です。でも、ダライ・ラマの言葉だとなれば、一気に「重く、含蓄のある言葉」に転化して受け止めてしまう私です。
ダライ・ラマの重視するこの言葉を、自分の思索や行動の基盤に置くことを、もっと意識してもいいように思いました。
|
おめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
2010/1/10(日) 午前 9:38 [ 悲歌慷慨 ]