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去年の10月から毎月1回全6回の講座が終わりました。私は1回目と3回目をのぞいて参加することができました。
講座を終えて感じるのは、やはり日本の社会の貧困家庭への諸施策の「貧困さ」です。どうしてこんなに困っているのに、就学援助も十分ではなく、母子世帯への公的援助が削減され、生活保護さえ肩身の狭い思いで受けなければならないのかー。
小学校養護教諭の方、小学校事務職員の方、そして母子家庭当事者の方からの「生の声」を聞けば聞くほど、この国の弱者への配慮の無さに対して無性に腹立たしくなります。
●なぜ義務教育である学校に通わせることにおいてかかる費用すら、無償にしないのか? 月10万円そこそこで暮らさざるを得ない家庭にとって、文具一つ買うことすら考えに考え抜いた末に行うことなのです。
「子ども手当」「高校無償化」により、負担は減ることにはなるでしょうが、「子ども手当」をするならば、「学校に通わせる上でかかる一切の費用を無償にする」ことの方を先に進める方が理にかなっているのではないかと私は思います。
この国の指導者たちは、国の未来は子どもにかかっていることをわかっていないのでしょうか? 一部エリートのみを育成すればそれで事足りると思っているのでしょうか?
そうではないはずです。すべての子どもたちが満足な教育を受ける環境にあり、その教育内容自体それぞれの子どもの可能性を伸ばすものであることが、一番大事なことでしょう。
ひとり一人の子どもが自分の頭で考え、それぞれの力を発揮できる社会こそが、日本という国の活力を生みだすに決まっています。
●しかし、現実は違っています。貧困家庭は貧困から逃れられず、生活することに追われる家庭では子どもたちが満足に学習できる環境ではないことが大半です。それぞれの子どもが持っている能力、可能性を伸ばす機会に恵まれなかったら、貧困の連鎖に陥ってしまいます。
私がDV(ドメスティック・バイオレンス)で母親といっしょに逃れて来た子どもたちに学習援助を行う理由は、そこにあります。それぞれの持っている可能性を伸ばす機会を失ってほしくないですし、それによって学校に馴染まなくなってさらに学習する機会を逸してほしくない。
そのような大事な大事な時に、子どもの身になって学習する機会を保障する機関がこの国には一切ないのですから、微力ではあっても、私にできることがあるのなら、できるところから始めるしかありません。
●最後の会で話してくださった母子家庭のお母さまの言葉が印象に残っています。
「貧困は、学校に行くとか、やりたいことをやるとか、どんな仕事に就きたいかとか、そういう可能性を奪っていきます。そこが一番罪深い…」
「この国は、自分だけでやっていくには何もない社会」
「『必要なときに必要なだけ安心して受けられる制度』と、『親同士が安心して困りごとを打ち明けられる関係』があれば、どんなに助かるか…」
●私は、DVという困難な状況から逃れてきた子どもたちが、それにより私と「らくだ教材」に出会ったことをラッキーと思えるようになることを思い描いています。
すなわち、「らくだ教材」での学習をきっかけに、それぞれの持つ可能性を最大限に引き出して、それぞれの人生を切り拓き、まっとうしていってほしいということです。私の願いはそれに尽きます。
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参加していたのですね。
2010/3/29(月) 午前 7:28 [ onngaku ]