さまざまな学びのかたち〜すくーるhana便り〜

「学力がつく」ことは「人間として生きる上での自信がつくこと」 …教育・子育てについて等意見交換しましょうねー

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 三重県から来札した井上さんは、「地域貢献活動支援事業 支援団体・法人代表者・コーディネーター集合研修」の講師として招かれました。彼は、「寺子屋プロジェクト」を立ち上げて以来、らくだメソッドの教室のみならず、地域の人材養成やコーディネーターやファシリテーター研修の講師として、各地に招かれています。

 その研修が終わった翌日曜日、私は彼といろいろな話をしたのですが、その中でわかったのは、彼はこれまで自ら学んで来たものを自分自身のもの(スキル)として身につけ、それを地域活性化などの現場で活かせるように「再編集」してまとめて提示できる形にしているということです。

 それはらくだメソッドに必須の「インタビューゲーム」であったり、会社やNPOの経営の現場にすぐに活かせる「トータルゲーム(会社ゲーム)」であったりします。

 私は「トータルゲーム」のことをあまりよく知らなかったのですが、今回じっくりお話しを聞いて、これからの時代にとても大切なことを身につけることができるゲームだということを知りました。まだ実際に体験していないので、詳しいことを書くことはできませんが、今回私も「入門編」のゲームをいただいたので、これからぜひこれを活用していこうと思っています。

●今回の研修で井上さんを三重から招かれたのは、釧路で長くNPOの活動を推進されてこられた方で、7年前に札幌で企画されたコミュニティビジネス推進者の養成講座にたまたま声をかけられ、井上さんのファシリテーション・ワークショップを偶然受けられたそうです。

 ちょうどその頃は、ご自身が関わる組織が大きくなっていく時期でもあったようで、タイミング的にはぴったりだったのかもしれません。他の要因ももちろんあったのでしょうし、あくまで推測に過ぎないのですが、そこで学ばれたことがきっかけとなって、「地域で自分が何を目的にどんなことをしていくのか」がクリアにイメージできるようになるなど、きっとその後のご自身の活動に対して、良い影響があったのではないかと感じました。

※この文章をご本人に読んでいただいたところ、私の「推測」がちょっと違っていたことをご指摘いただき、以下のようなコメントをいただきました。本当にありがたいことです。

「井上さんのワークに興味をもったのは、手法として漠然とした思考を表現するツールやコミュニケーションをとりながら、楽しく概念化する具体的な方法としてが大きいのです。
自分の活動に対してというより、手法として有効なものを学んだ、体験したという感じです。」

●今回の研修に参加された団体、個人の方々は、北海道のそれぞれの地域で多種多様な活動をされている方々だったということです。中には私がよく存じ上げている方々もいらっしゃいました。このようなさまざまな方に井上さんの講座をぜひ受けてもらいたいと思われたことに、今回中心になって進められた方の思いがこめられているのではないでしょうか。

 井上さんは来月初めに、今回の研修の続きとして行われる第2回目の二日間に渡って行われる講座にいらっしゃるそうですが、その一週間前には釧路で催される以下のイベントでも講師として参加されます。このイベントのチラシを見て私はとても興味をもちました。これまでにない、分野横断型のイベント?だったからです。かた苦しくなく誰でも参加できそうで、見るからに楽しそうなチラシです。

 私も札幌から駆けつけたいくらいですが、この両日は連れ合いが不在なので子どもをみなければならず、行けそうにないのが残念です。釧路には、「子ども遊学館」というNPOで運営するとても楽しそうな場所があり、そこへも子どもをぜひ連れて行きたいと思っていますがー。

 この前の日曜日、三重県でらくだの教室を主宰している井上淳之典(あきのすけ)さんとお会いしました。お会いするのは私が名古屋で「さをり織り」の城みさおさんや「えにし屋」の清水義晴さん、それに浦河日赤病院の精神科医でべてるの家にもずっと関わっている「治さない医者」(?)の川村敏明先生などが参加したシンポジウム以来だったと記憶していたので、もう10年ぶり以上かと思っていました。

 が、井上さんによると、らくだメソッドの平井雷太さんの呼びかけで全国のらくだの教室主宰者が東京に一同に会した時にお会いしていたと聞き、あぁそうだったーと思いだしました。確か4〜5年前だったでしょうか。

 そのときは、公文の教室がまだ全国に普及していない時期に普及事業の中心となった方で、すでにその仕事から離れられた方をお招きして、じっくりとお話しを聞くことをしました。らくだの平井さんが公文で教材開発をしていた時期にお世話になった方だということでした。

 そこでその方が話されたことを今書いていて思いだしました。私はその方の話を聞いて、らくだ教材と公文教材の大きな違いが腑に落ちたのです。その方が言ったことを思いだしてまとめてみます。が、ずいぶん前に伺った話なので、細かな点は違うだろうと思われますので、その点はご容赦ください。

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 公文教材を全国に普及させるためにやったことの大きな点は、子どもたちがプリントをするにあたって、なるべく負担無くスムーズにこなしていけるよう、それぞれのプリントのレベルを綿密に考えて何度も何度も改訂をしたことです。

 1枚のプリントに問題数もそれほど多くせず、それが合格できたら次のプリントになってもそれほど負担無くできるよう、常に滑らかなカーブでプリントのレベルが上がっていくように作ったので、プリントの数は膨大なものになっていきました。

 教室を増やすには、普通の主婦であるお母さんたちが指導することになるので、お母さんたちが指導しやすくするためにも、子どもたちがプリントでつまずかないように教材の方を改訂していくことに重きを置いたのです。
                         *

●平井さんは公文の教材開発という現場にいて、自分の教育に対する考えと大きく異なる点があることを実感し、後に自分で教材を開発するにあたって、いわば公文を反面教師として教材を作っていったーと、私は感じ取っています。

 その大きな違いの一つが、「1枚のプリントの問題数を多くするとともに、スムーズに合格(クリア)できるプリントもあれば、なかなかクリアできないその子にとっての“壁”となるプリントも敢えて入れた」ーということにあると私は感じたのですが、そのことを上記の話を聞いて納得しました。

 なかなかクリアしないプリントに子どもがぶつかると、子どもはそのプリントを嫌になり、やめたくなって当然です。その時に、指導者の対応が問われます。「やりなさい」と押しつけ、強制するのでは、子どもはその後もずっと嫌々ながらやることになりますし、またいずれ、「やめる」を繰り返すことになります。

●大事なのは、その際に、子どもに寄り添って本人がどうしたいかを聞くことにあります。
「できないことはいいこと(できないからこそできるようになるのだから)」「壁にぶつかるのは大事なこと」、などのことを伝えるいいチャンスなのですから。

 そのために、「簡単なプリントに戻ってもいい」ですし、「1枚するのがタイヘンだったら半分ずつにする」等のことを提案してみてもいいのです。そのような提案をして、後は本人の意思で選び取り、任せることこそ大切なのです。「自分で決める」ことのトレーニングをしているかどうかは、将来的に大きな力となります。

 ここにらくだのコンセプトがあります。単に計算ができればいいと考えて作られたプリントでは決してありません。それよりも大事なことが世の中にはいっぱいあります。その最たるものが、「壁を越える体験」を繰り返すことによって得られるのです。

 「できること」だけしかしない人間ではなく「できないからこそ挑戦する」人間を育てたい、それぞれの中に潜む可能性を最大限に引き出したい、自分で考えて自分で決める人間になってほしい、という考えのもとにらくだ教材は作られています。

 単なる計算マシーンを育てたら、そのツケは必ず将来やってきます。目先の勉強よりもずっと大切なことはいっぱいです。でも、現実的に考えて、勉強もできなければいけないでしょう。らくだ教材はその間を取り持ついわば“ツール”です。勉強よりも大事なことを伝えるために、結果的に勉強もできる(学力がつく?)ようになりますから、今の教育システムを考えて、実によく考え練られたものだと、今さらながらに思います。

●「何を伝えたいか」ーそれが指導者の中で明確になっていないと、対応に苦慮します。ただ単に先へ進めていけばいいという単純なものではないですから。
 それぞれの子どもや親御さんの声を聞いて確認して進めていくような力をつけていくために、私は「インタビューゲーム」を何度も繰り返してきました。そして、これからも繰り返していかないといけないと思っています。コミュニケーションスキルを向上させることに、「終わり」はないと思っています。

 先日、「学生の話す力」「コミュニケーション能力」が著しく低下していることが明らかだという報道がありました。これは、携帯電話によるコミュニケーションが一般化し、「短く単語の羅列のようなかたちでしか人とのやりとりをしたことがないような子どもが増えてきたこと」に大きな要因があるのではないか、とのことでした。

 このような時代になってきた今こそ、「インタビューゲーム」はコミュニケーション能力向上のためのとても有効なツールだと感じます。

 4月から下の子が小学校に上がることですし、「インタビューゲーム」の講座を、今後地域で継続して行っていくことも、私の役割の一つだとあらためて思いました。

 ここ2〜3日、札幌でも最‘高’気温がマイナス8度くらいの底冷えのする日が続いています。今日の日中外は晴れていますので、日射しの入る室内ではさほど寒いと感じませんが、外気温はどれくらいなのでしょうかー。

 朝外に出て道を歩くと、キュッキュッと雪を踏みしめる音がします。そして肌をピーンと刺すような冷たい空気。これらが冬の醍醐味で、北海道に住んでいるからこそ味わえるものだと私は思っています。肌を刺す空気は身が引き締まるようで気持ちがいい!

 ここのところ、ブログを更新していなかったのは、寒いから…ではありません。寒いけれども私は元気です。

●先週末、三重県でらくだメソッドの教室を主宰する井上淳之典さんが来道していたので、日曜日にお会いしていろいろなお話しをうかがいました。そのときの話が私にとって刺激的なものばかりだったこともあり、ブログ用に文章を書きました。

 実名で書いていることもあり、事実関係や表現の仕方などに間違いや違和感があってはいけませんから、本人に見てもらって、「赤入れ」をしてもらいました。また、文章には他の特定できる方のことも書いてありますから、その方にも見てもらってから、ブログにアップしようと思っています。

 そんなこんなで、ここのところも文章を書いているのですが、ブログは更新されていないのでした。もうじき、きっと刺激的な?文章がアップされるはずですので、そのときはまたご覧になってくださいね。

 私は今頃になって、年末年始録りためておいたビデオを観ているのですが、去年12月25日の夜に放送されたTBS系「クリスマスの約束」は圧巻でした。小田和正が数々のアーティストと共演するこの番組は、ここ数年毎年クリスマスの夜に放送されており、私は楽しみにしています。

 小田さんが、自分の歌だけでなく、他の歌手の歌を歌ったり、他の歌手とコラボレーションしたりするのですが、彼はこの番組で、他の歌手と「共同」で一つのことを成し遂げることを重要視しており、そこに至るまでのプロセスもドキュメンタリータッチで描いています。

 小田さん自身が手紙を書いて、アーティストに自分の思いを伝えますが、それは受け入れられたり受け入れられなかったりー。小田さんも年を重ねて丸くなったのか(?)、アーティスト同士がつながっていくことの重要性を感じ、それを自分が中心になってやる必要性を感じていることが、番組から伝わってきます。

 どうしてそれがしたいのかというと、最終的には、「歌っていいもんだよ」と伝えたいからこそでしょうし、もっといえば、「歌の力を信じている」からなのでしょう。さらに、一人の力より、多くの力が合わさったときに持つ力・・・。

●今年小田さんが声をかけてOKの返事をくれたアーティストは、総勢21組に上りました。
 そして小田さんが考えていたのは、長年あたためていていつかやりたいと思っていた、「アーティストそれぞれの持ち歌をメドレーにして、参加アーティスト全員で歌う」というものでした。

 最初小田さんが考えていることを他のアーティストや番組制作の方々に伝えても、「どうしてそれをやるのか」の意味を感じとってもらえず、「そんなことをやっても、それぞれのアーティストの持ち味を殺すだけになってしまうのではないか」「何もみんな一同に会していっしょに歌わなくてももっと他にやり方があるのではないか」との声が上がりました。

 しかし小田さんは、「意味が見えないからこそやる価値がある」という強い気持ちで臨み、「とにかく集まれるメンバーで集まって実際に歌うことから始めよう」と、リハーサルを繰り返していくことを強行?しました。

 リハーサルを繰り返す中でも、「準備期間が少ない」「超多忙なアーティストが全員集まれることはない」「目的をはっきりさせないとアーティストの気持ちがまとまらないのではないか」の声が聞こえてくる中で、小田さん自身迷いながらも、「それぞれに才能がありすでに独り立ちしているアーティストが一同に会して声を重ね合う場の共有体験」こそが大事なのだという意思を貫いて、とうとう当日を迎えることになりました。

●感動の場をアーティストと観客が共有ーそれは22分50秒の奇跡?

 小田さんが、それぞれのアーティストの持ち歌(それもヒット曲ばかり!)をメドレーにした、タイトル「22分50秒」は、大勢の観客の前で披露されました。名だたるアーティストが集まっているのですから、大勢の観客が集まるわけです。でもそこで何が起こるかは、やってみないことには誰もわかりませんでした。

 ステージ前には2本のマイクが並び、アーティストが間髪を入れずに次々と持ち歌を続けて歌い、歌のバックには、ステージ後方に陣取ったアーティストみんなでコーラスを入れるという、とんでもないステージが始まりました。

 さてどんなふうになるだろうと思いつつ観たところー
 豪華アーティストが勢揃いし、イントロが流れ、最初に藤井フミヤが歌い出したそのときから、私は胸が熱くなり、それ以来終わりまでず〜っと熱くなりっぱなしでした。歌うのは、それぞれの歌手が多くて1コーラス、しかし耳に馴染んだ曲のサビがこれでもかと連なります。

 これは口で説明できません。観たらわかると思いますがー。
 こんなに大勢のアーティストが、それぞれのアーティストの代表曲をいっしょに歌う、こんな場面はもちろん目にしたことがありませんし、こんな出来事は未だかつて無かったことでしょう。それぞれがそれぞれに敬意を払って、なおかつ参加アーティストのみんなが満面の笑みでこの瞬間を楽しんでいる。そしてそれを観ている観客はアーティストのそんな姿を目の当たりにして感動している。

 私がこれまで興味がなかった若手アーティストの曲も、こうして聴くとすべていい曲に聞こえてしまいました。いや、いい曲なのでしょう。

 「みんな、歌うことを心から楽しんでいる」、「結果的に一つになってその場を存分に楽しんでいる」、その姿に私は感動したのでしょうかー。でも、何にこんなに感動したのか、自分自身まだ説明がつかない感じです。テレビの歌番組?でこんなに感動したことはありませんでした…。

 22分50秒が終わった後、観客の拍手は長い間鳴り止みませんでした。アーティストたちも抱き合ったり目に涙を浮かべたりー。当の小田和正も、それこそ「言葉にできない」で、ただ、「ありがとう」を繰り返していました。

 その後、何人かのアーティストが感想を述べましたが、一様に、「やってみて始めて小田さんの意図がわかった。このような場に参加できて本当によかった」と述べていました。

 最後に、なんと、全アーティストが‘ユニゾンで’(同じメロディーをみんなで歌うこと)、小田さんの歌を歌いました。ただ単に、みんなで同じ歌を同じように歌っただけなのに、さらなるこの感動は何だろう…と思うくらいに、これもまたすばらしい一瞬でした。

 思うに、最後の歌では、それぞれのアーティストが、「この場に参加できたことに心から感謝して」歌ったのでしょう。それが観客にも伝わり、それぞれのアーティスト同士にも伝わりー。

●とはいっても、「どうせテレビの歌番組だろ」と思われている方も多いことでしょう。私は感動の押し売りをするつもりはありませんが(?)、再放送があったらぜひ騙されたと思って?観てほしいです! きっとないんでしょうけどねえ。DVDが発売でもされたら入手したいとも思いますが、それも叶わぬことでしょうね、それぞれ所属レーベルなど違うでしょうから。

 とにかく、歌っていいな、音楽ってやっぱりいいな、とあらためて思わせてくれました。この番組のビデオは、私にとって永久保存ものです。観たい方がいたらお貸ししますけどね。

 そのうち、家族みんなで観たいなぁと思ってもいます。今をときめく若手アーティストから、私が長年親しんだ「加齢臭漂う?」(財津和夫談)ベテランアーティストまで揃っていますのでー。

◎小田和正さんからたくさんのアーティストへ向けての手紙(番組のナレーションより)

「アーティストのみなさまへ。前略、突然のことで、お許しください。お願いの手紙です。

 ずっと考えていました。大勢のアーティストが一堂に会して、歌いたい歌を全員で歌ったら、どうなんだろう。参加してくれるアーティスト自身の曲を、ワンコーラスをメドに、歌い倒す。
 それが、どうしたんだと言われても、返せるような確かな答えは、ありません。何かが伝わるかも、などとも言いません。
 でももし、おもしろそうじゃん、つき合ってもいいよ、と膝を軽くポンと叩いて同意してくれるようなら、参加していただけないだろうか。
 大義名分はありません。どんなところへたどり着けるのか、それだけです。
 ご返事お待ちしています。」

◎「クリスマスの約束」第1回目(2001年)に書いた手紙(番組のナレーションより)

「僕らのような音楽をやってきたものにとって、今大切なことは、同じ時代に音楽を作ってきた人たちを、認め、愛し、尊敬することなのではないかー。
 その意味をこめ、無数にある曲の中から、非難を承知の上で、一方的に7曲を選んだので、いっしょに歌ってもらえないだろうか?」

 でもこのとき、小田さんといっしょにステージに立ったアーティストはいませんでした。
 一人で歌いました。

★今回の「22分50秒」に参加したアーティストたち(歌った順番通り)

藤井フミヤ/TRUE LOVE〜STARDUST REVUE/今夜だけきっと〜広瀬香美/ロマンスの神様〜JUJU/明日がくるなら〜松たかこ/明日、春が来たら〜中村中/友達の詩〜佐藤竹善/La La La〜Crystal Kay/恋に落ちたら〜AI/Story〜鈴木雅之/夢で逢えたら〜一青よう/ハナミズキ〜山本潤子/翼をください〜清水翔太/HOME〜小田和正/YES-YES-YES〜キマグレン/LIFE〜Aqua Times/虹〜スキマスイッチ/全力少年〜平原綾香/Jupiter〜夏川りみ/涙そうそう〜財津和夫/青春の影〜いきものがかり/帰りたくなったよ

この冬一番の猛吹雪ー

 今日は朝からものすごい吹雪でした。まさにこの冬一番。
 朝5時前に家を出て、なんとか朝の職場にたどり着き、仕事を終えてお昼にバスで子どもを保育園に迎えに行き、バス停から家に帰るまでに遭難するかと思いました…。

 子どもは風の子元気な子‥で、この猛吹雪をおもしろがっていましたが、まっすぐ歩いてまともに吹雪を受けると息もできないくらいになると、さすがにメゲていました。

 私は帰宅して一息ついたら雪かきに取り組み、それらを全部終えたら、すでに午後一時近くになっていました。さすがに疲れてバタンキュー。

 私は小さい頃、1歳から11歳まで、北見枝幸というオホーツク海沿いの小さな町に暮らしていました。その当時は、今日のような吹雪は冬の間に何度もありましたから、懐かしい気持ちになったりもします。こんな吹雪のまっただ中で遊んだ記憶もあります。遊びながら深い雪にはまり込んで動けなくなり、泣きながら弟に頼んで母親を読んで来てもらったのも、今となってはいい思いでです。

 少年時代を田舎で過ごせてよかったなぁと思います。春夏秋冬、四六時中、野山海川を駆けずり回って遊んでいました。これまで大病にもかからず、頑丈な身体に育ったのは、野生児だった少年時代と、当時の質素な食事のおかげではないかと思っているのですがー。


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