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4月28日(月)“「遭難フリーター」上映会+トークセッション”に参加しました。
私はこのイベントをとても楽しみにしていました。一人の若者を通じて、今の若者たちの考えや行動、そして困難の一端を知ることができるだろうし、そこから日本社会の歪み、そして問題点をより把握できると思ったからです。
映画自体見るのが一番の楽しみなのですが、それに加えて、自作自演(監督・主演)した25歳の若者と、アドバイザーとして関わった雨宮処凛さんのトークがあるのですからー。
●奇跡的に?間に合ったー
4月28日月曜日、この日は夕方らくだの教室の生徒が来る日でした。生徒対応が終わりしだい自転車で駅へ向かうつもりでいましたが、生徒が遅く来てしまうと映画の途中から、あるいは映画が終わった頃に駆けつけることになるかもしれないと思っていました。
しかしこの日は生徒が早く来てくれたのです。それでも終わったのは夕方5時半頃でした。自転車を飛ばして手稲駅5時40分発の電車に飛び乗り、札幌駅から走って会場のかでる2.7へ着くと、ちょうどはじまりの挨拶をしているところでした。
会場は先日の「憲法シンポジウム」が行われた場所と同じでしたが、また同じように会場は満杯でした。今回は前回よりもずっと年齢層が若かったですが、会場には私も知り合いの、市民出資の映画館を経営しているNさん、北海道に移住して地域に根づいた映画およびグローバルな視点からのドキュメンタリーを撮っているF監督も来ていました。今回の若者が作った映画への関心の高さを物語っていると感じます。
それにしても、自宅を出てから30〜40分、よくぞ間に合ったものだと思いますー。
●東京に憧れる青年ー私もそうだった・・・
映画の中で岩渕青年は、平日は東京近郊の工場での派遣労働(プリンタのインクにフタをつける)、週末は東京での日雇い派遣(肉体労働)という日々を過ごしていました。
派遣労働では会社の寮に入っており、収入は少ないものの週末にまで働きに出かけなくてもいいようなものを、彼は「少しでも東京に近づき、そこに居たい」と、ネットカフェでの宿泊や野宿になっても、東京に出ていきます。
確かに、工場の寮で週末過ごしても、何も(刺激が?)ない場所では鬱々として過ごすだけかもしれません。
私も初めて東京に出た時は、自動車工場の期間契約社員として働きました。東京の友人の下宿(四畳半一間!)に転がり込んだのです。友人はいい迷惑だったことでしょうが、無理やり追い出すことはしませんでしたから、今考えれば有り難いことでした…。
確か3〜4ヶ月働いてお金を貯めて、自分のアパートを借りたのです。そのくらいで敷金礼金前家賃分まで貯まったのですから、今とは時代状況が違ったと言えるのでしょう。昼夜金交代のハードな仕事(単純労働)でしたがー。
私も、東京に憧れて出て行きました。何に憧れたかというと、「文化」だった、ーと今は言葉にできます。
休みの日は、映画、シンポジウム、講演、音楽会、等などに出かけ、おもしろそうなイベントや何かにアンテナを張っては参画し、個人的なつながりを広げていきました。それまでは‘地方に住んで地方の大学に通う’暮らしでしたから、そういった意味での「刺激」に飢えていたと言えるでしょう。
私が東京に憧れ、そして出て行った理由は今振り返ると明白ですが、当時は「とにかく刺激が欲しかった」。
●今の若者が東京に憧れる理由は…イマイチよくわからないがー
せっかく東京に出かけるのなら、自分自身のコヤシになるようなことをしたり、ネットワークを広げるような場に出かけたりしたらいいのに…と、私などは思ってしまいます。
でもそれは、生活にゆとりがないと、すなわち、金銭的に余裕がないとそんな発想にもならないし、そうしたいとは思っても現実的には日々食べたりできれば貯蓄したりということを考えれば無理な話なのかもしれない、いや、そういうことなのだとこの映画を観た後に思います。
●自分の人生を切り拓いていく術ー
「自分自身を高めていくこと(常に学びつづけること)」と、「人とつながり自分自身のネットワークを作り広げていくこと」で、私はこれまで生きてこれたという実感があります。上記の二点さえ続けて行けば、その人なりの人生を切り拓いていくことができるという思いがあります。
今の時代は違うのでしょうか?そんなことはないと思います。私はこのことを若者に伝えていきたいと思うのですが、そうやすやすと伝えられるものでもないとも思っています。自分自身にそれを続けて行く強烈な動機がないと、言葉は届いていきません。
それに加えて、「ゆとりのない生活」を強いられているのですから…。
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