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先日新聞のテレビ欄に、「ウツ病の精神科医」の文字があったので観てみたところ、これが大変おもしろく興味深いものでした(TBS‘ニュース23’より)。
●警告ウツ病?
この医者は現在沖縄県の名護市でノーブルクリニックやんばるの院長をされており、年齢は60歳を越えているのですが、35歳の時からウツを発症したそうです。青森県の病院にいた当時、日勤夜勤を繰り返す中で疲弊していったことが要因とのことでした。ただ、その半年後に大腸ガンが発見されたそうで、毒素が出てくる中での「警告ウツ病」だったのではないかとも話していました。
●青森から沖縄に「トンズラ」ー回復したけど、「治りたいと思っていない」
いずれにしろ、「朝起きてワケもなくつらい」「何だかわからないけどつらい」というこれまでにない体験が彼を襲ったのだそうです。4年前にウツ病がひどく悪化したので、もうここにいてはダメだと思い、「沖縄にトンズラ」し、生活環境を変える中で回復していったそうです。ただ、治ったわけでもないし、治ると思ってはいないし、「治りたいと思っていない」とのことでもありました。
●「オレが完全だと思っている精神科医が一生懸命カウンセリングすると、患者は傷ついてしまう。精神科医は軽いウツの方がいい」
上記の言葉がとても印象に残っています。彼は薬も全部試したそうで、薬を上手に使うことが大事とのことでしたが、「薬だけではウツ病は治るわけがない」とも強調していました。「薬で治るという妄想が広がっていることが問題」だとも。
薬とともに、「環境や‘心のシフト’、気持ちの有り様を変える」ことが必要とのことでした。
●「よく患者に間違われる」
病院内にいて患者に間違われ、「私は医者です」と言うと、「そんなこと言ってるから治らないんだよ」と言われたことがあるそうですが、彼は、「それが強みでもある」と話してました。
看護婦さんも、「先生は患者の気持ちがわかるから安心できて話しやすいみたいです」と話してましたが、彼は「時には患者を叱り飛ばすこともある、『バカヤロー何やってるんだ』と言うこともある」そうです。「同じ痛みを知っているから本音をぶつけ合うことができる」のだそうです。
また、病院内でもその偏見は一般社会と何ら変わらないので、まず病院が開かれていくべきだとのことでもありました。
●「ウツになるのは能力」
私はこの言葉を、らくだメソッドの開発者である平井雷太さんからも聞いたことがあるので、再び全く同じ言葉が出て来たのに驚きました。
この医者は、「ウツ病の治療のゴールは果たして何なのか?それはわからない」とのことで、自分の体験から「生き方の変化を大事にする」とのことでした。
そして、「決して精神的に弱い人がなるんじゃない」「ウツになるのは能力」であり、「ものすごいつらい気持ちをずっとキープする力がある、それでも生きてるってスゴイ、しがみついて生きてるってエラい」とのことで、「ウツの人は環境に対する健康的な反応を抱えた真正直な人であり、ウツを抱えて生きている人は尊敬の対象だ」と話していました。
●それぞれの課題を抱えながら、ただ淡々と生きていく・・・
診療するのもしんどいというこの方の姿を見て、「生きていくって何だろう」と深く考えさせられました。「完全」である必要はないし、それぞれがそれぞれの問題・課題を抱えながら淡々と日常を送ること…勤め帰りに刺身を買うのが毎日の楽しみという彼の姿をみてそんな言葉が浮かびました。
「ウツになるのは能力」だとしたら、私にはそんな能力はない(まだ備わってない?)わけで、そう考えるとウツになることができる人はスゴイと思えてきます。でももしかしたら、自分で気づかないだけで多少のウツは抱えて生きているような気もするし…。
しかしいずれにしろ、ウツの人だからこそで見えるしできるし成し遂げられることってあるんだろうな、と強く思いました。
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