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【「無人島ルール」を知っていますか?】
《報酬は常に集団によって共有される。
“個人的努力にたいして個人的報酬は戻されない”というのが労働するということである。個人的努力は集団を構成するほかの人々と利益を分かち合うというかたちで報われる。
だから、労働集団をともにする人の笑顔を見て「わがことのように喜ぶ」というマインドセットができない人間には労働ができないのである。
これは子どもの頃から家庭内で労働することになじんできている人には別にむずかしいことではない。みんなで働き、その成果はみんなでシェアする。働きのないメンバーでも、集団に属している限りはきちんとケアしてもらえる。
働くというのは本来「そういうこと」である。
だが、社会活動としては消費しか経験がなく、「努力」ということについては受験と就職活動しか経験がない若い人にはこの理路がうまく理解できない。
どうして自分の努力の成果を他人と分かち合わなくてはいけないのか?》
●内田さんは「子どものお手伝い」、つまり家庭内での子どもの無報酬労働?の大切さをことあるごとに説いています。なるほどなぁと思います。
自分が働いて(家庭の仕事を手伝って)、「ありがとう」と言われる体験をしてきたかこなかったかは、その子の成育過程においてとても大きな意味を持つのだということを、世の親たちに伝えていかないといけないのですが、そのように育って来なかった親たちが聞く耳を持つかは疑問です。
これは本当に大事なことで、勉強ばかりさせている場合ではないはずです。
我が家では、「自分の仕事(らくだ教材をする、洗濯物を片付けるなど)と家の仕事(ゴミ出し、食事準備など)の方が学校の勉強より大事」だと、子どもに伝えています。
今朝なども、自分の洗濯物が山積みになっていたので、「洗濯物を片付けてから学校に行く」こと、つまり、「洗濯物が片付かなかったら学校には遅れていくこと」を申し渡しました。
もちろんやりかたは家庭それぞれですし、子どもの性格などによっても違って当たり前ですから、みな一様にこうしたらいいと言っているわけではありません。
ウチの場合は、「学校大好き」タイプなので、「学校に行くより大事なことがある」ことを伝えたいだけですし、中学生になった今、高校生になる前の「この3年間で何を伝えるか」が勝負と思っていますから、「親にとっても厳しい3年間」になると覚悟をしてのことです。
ウチの子は、小学校を通してほぼ毎日やって来たらくだ教材により、いわゆる「基礎学力」「学ぶ意欲」「学習する習慣」は身につきました。だから極端に言えば、この先学校に行かなくなったとしても大丈夫なのです。大丈夫ということは、「自分で何かをやりたくなったらやろうとする力」が身についていると言えるからです。
だから、学校の成績で一喜一憂することはありません。初めての定期試験の結果が返ってきましたが、「そんなもんかー」と思っています。もっといい点を取りたいと思ったら自分でやるでしょう。やらないで悪い点を取るのもいい経験です。
中学生になってやることが増え、自分の時間が少なくなってきた今、「らくだを毎日やる時間を作る」ことが、一番大変なことなのです。ウチはここだけは妥協しませんから?、子どもにとってこの先も厳しい日々が続くのです…?
ちなみに毎日朝6時に起きて、数学と英語を1枚ずつ、大体30〜40分やることになります。中1プリントの終盤に近づいたので、「まだ習っていないことを自分の力で」やっています。1日のうちのこの時間で、これから生きていく上で必要なさまざまな力が身についていっているーはずです。
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