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【健康って何?】
《経験的に言って、健康法を律儀に実践している人間は必ずしも機嫌のよい人ではない。というか非常にしばしば彼らは不機嫌な人である。
理由は簡単。
「世間の人々が自分と同じように健康によいとわかっている生き方を採用しないこと」がどうしてもうまく受け容れられないからである。
どうして、「あいつら」は平気で命を縮めるような生き方をしていられるのか。
その理由として、彼らは「世間のおおかたの人間は途方もなく愚鈍であるから」という説明しか思いつかない(それが彼らの教化的情熱にエネルギーを備給している)。
これはたしかに一面では真実を言い当てている。
だが、「世間のおおかたの人間は途方もなく愚鈍であり、私は例外的に賢明な少数のうちのひとりである」というマインドセットは人間をあまり社交的にはしない》
●ここでも内田さんの考え方には学ばせられますー。なるほど、そうです、私もそうでしたーと納得させられるしかありません。「律儀に実践」というのは、なにごとにおいても、気をつけないと自分の殻に閉じこもってしまうことになりそうです。
《『野生の思考』の冒頭でレヴィ=ストロースが列挙しているとおり、その治療効果についての社会的合意がある限り、どんな療法も(虫歯が痛むときはキツツキの嘴を触る…というようなものでも)顕著な効果をもたらす。
人間はそれほどまでに社会的な生物なのである。
ヘーゲルが言うとおり、人間は社会的承認を受けてはじめて人間になる。
だから、あなたが生きる上でもっともたいせつなのは「隣人があなたに向ける笑顔」なのである。
あなた自身を愛するように隣人を愛しなさいというのはそういうことである。
あなたが隣人を愛することによって隣人は生きながらえており、隣人があなたを愛してくれるおかげで、あなたはかろうじて生きることができる。
人間は自分が欲するものを他人から与えられることでしか手に入れることができないのである》
●「人間は自分が欲するものを他人から与えられることでしか手に入れることができないのである」・・・う〜ん、このことが腑に落ちて生きることができたら、人生スッキリと生きられるのではないかなぁ。それにしても深くまた味わい深い文章だー。
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