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5月に1回この本の紹介をしましたが、その続きをしばらくしたいと思います。
【「自立」は正しい目標か】
《老後に、詐欺のような年金と僅かな貯金と猫の額のような土地をもっていても誰も訪ねてこない「自立した人」と、短期間ならいつでも泊まりにいける知人や友人たちをもって「依存している人」と、どちらが楽しそうか。
どれだけたくさんの人に気持ちよく依存して生きていけるようになるか。それが教育の目的とさえ言っていいのではないか、と俺は思う》
●ものすご〜い逆転の発想というか何と言うかー。基本的に、内田樹さんの言ってることと同じですね。
それにしても、「どれだけたくさんの人に気持ちよく依存して生きていけるようになるか。それが教育の目的」というのは実に斬新で奥深いーと、思いませんか?
【なぜ不自由になったか】
未成年者が酒を飲んではいけない、というのは正論である。が、大人になる途中で、厳しい義務を果たす見返りに、少々ハメを外す、という在り方が死滅し、すべてが建前と正論で学校が運営されるようになった。学校の官僚化である。
官僚化した学校など、おもしろいわけがない。
学校のなかでハメを外す道がなくなると、どうなるか。学校からドロップアウトするか、官僚化した学校のなかでおとなしくしているか、を迫られる。
こういう場合に、キミならどうする?
●たとえ学校に行っている間はおとなしくしていられたとしても、その反動はどこかで出てきてしまうものではないだろうか?
何もドロップアウトすることもないでしょうが、「その人がその人らしく」いるために、個々が感じてちゃんと考えることをしていってほしいものです。
そして考えた末にドロップアウトするのはアリかな。そのくらいの方が大物になりそうです。大物というのは、「自分らしく生き生きと生きていける人」と私は考えていますが。
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