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【才能の磨き方】
《平凡な者は大学へ行ったほうがいい。ただし、負を転じて正にできるパワーの持ち主(とんでもない負けず嫌い)は、どのような選択肢でも構わない。
人と違ったことをするのは、学校を出て才能を磨き上げてからで充分間に合う。たとえ学校がつまらなくても、その内外で楽しいことをたくさん見つけられればいい。その「見つけ方」こそアイデアの源泉であり、アイデアをたくさん実行できれば、それが才能なのである》
●う〜ん、これって納得。「負を転じて正にできるパワーの持ち主」は、「とんでもない負けず嫌い」ということだったのか!私は自分がそうだと自覚していないんですが、どうなんだろうかー。
【小さな自分と格別な自分】
《確かに、自分はちっぽけな存在であるけれども、キミにとってキミは唯一の自分である。この広い地球上で、「ちっぽけだけれど唯一」などという存在がほかにあるだろうか。「自分」という存在は、どう考えても別格なのだ。
だからこそ、自分はどういう時代に生きており(歴史の軸)、またどのような環境のなかに生きているのか(同時代の軸)を、よく知る必要がある。そうしないと、闇雲に前に進めない。教養は、海に浮かぶ船にとっての羅針盤を駆使する技術のようなものだ。
たとえどんなに船がちっぽけでも、どのような荒波が来ようとも的確な航路をとれる者が、遭難せず目的地に着くことができる。
教養は、半人前にはなかなか身につけづらい。だから試験がある。試験という仕掛けに頼って、勉強するというワザを人間は考え出した。
では、試験は何の役に立つのか》
【逃げてはいけない】
《現実の諸問題を解くための礎として、学校の試験がある。高い点数をとる必要はない。繰り返すが、肝心なことは、試験から逃げないことだ。
試験を構成する「出題範囲」と「期日」は、仕事を構成する「注文内容」と「納期」のモデルなのである。(答えが決まっている)試験をクリアできないということは、(答えを自分で見つけ出す)仕事などクリアできるわけがない、ということになる》
●「教養」と「試験」の関係がクリアになりました。学ぶということ、勉強するということの意味も、これまで以上に深まりましたし。
「(答えが決まっている)試験をクリアできないということは、(答えを自分で見つけ出す)仕事などクリアできるわけがない」、というのもなるほどなぁ。
「基礎学力」あってこその「応用力」、ということもできるのではないでしょうか。なにごともそうなんだろうなー。
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