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以下、本文より抜粋ですー
《当時、政治について語り合える人たちと集まると、よく『戦争論』の話になった。みんな口をそろえて言ったのは、偽善的な学校の先生に教えられた歴史への反感だった。いかに自分の学校の先生があの戦争を悪く言ったかを語り合った。どこかで学校に対する反発を引きずっていた。だって、学校で教えられたことは全部嘘だったのだ。
一番の大嘘は、自分たちが社会に出たとたんにバブル経済が崩壊し、就職氷河期の時代に放り出されたことだった。同時にオウム事件や阪神大震災によって、戦後の価値観や世界が目の前で崩れていくのを見た。不況やグローバル化した経済によってマトモな就職も難しくなり、学校で教えられた価値観では食べていくことすらできないことを多くの若者が身をみって感じていた。帰属先がほしかったのも、日本人の誇りがのどから手が出るほどほしかったのも、それとは無関係ではなかっただろう。
「学校」「教育」に対する反発が、『戦争論』の支持につながった。私ができるこの社会への異議申し立てが、学校で教えられた歴史を否定し、『戦争論』を読むこと、そして右翼団体に入り、『戦争論』のような世界について演説することだった。》
【一水会代表・木村三浩さんとの対談より】
《「それは中学の反面教師のおかげですよ。表層しか見てなくて、戦争はよくない、二度と子どもたちを戦場に送らないと言うだけ。あと、自分の親父は戦争に行って戻ってきた人間だけど、日本だけがバッシングされてしまうことへの違和感があったみたいで、そんな影響もあった」》
●雨宮さんも木村さんも同じように、「教師の偽善」が後の人生に大きく影響しています。
このことをしっかり考えないといけないのではないかと私は感じます。教師(たぶん親も)は、「正義」を語るだけでは、子どもに何も伝えられないどころか、まったく意図するところと違う部分で行動に影響を与えてしまうということです。
「反面教師」とはよく言ったもので、受け取り方は個々それぞれでいいし、そうしかなりようがないのでしょうが、それにしてもこれだけ「負の遺産」?を子どもに植え付けているという事実を自覚することのない教師がいる学校というのは、雨宮さんならずとも居心地はよくないでしょう。子どもたちへのよくない影響は、「いじめ」という形で表れる場合も少なくないはずです。
「正義」を語るのではなく、「自分自身を偽りなく」語ることこそ、「教育」と言えるのではないかと私は思います。
小林よしのり氏の『戦争論』ー出版された当時私は、「こんなもの読むヤツの気が知れない」とまで思って嫌悪感さえ抱いていました。でも今は、読んでみてもいいな、という気になっています。今の時代が生み出して多大な影響を若い人たちに与えた本です、いったいどんな内容に若者たちが惹かれたのかを知っておくのは必要なことでしょう。それを読みもしないで拒否しているだけではダメなのではないかーと、ようやく思えるようになってきました…。
【矛盾だらけの世の中で】より
《右翼の人、左翼の人、まったく違う考えもあれば、不思議と似ている部分もある。でも、右翼、左翼で共通しているのは、どちらも「現状のままでいいとは思っていない」ということだ。その理由、解決方法をどこに求めるかが、人を右翼と左翼に分けるのだろう。だからまったく正反対ではなく、心情的には近いところにいると思う。》
《矛盾だらけのこの世界を変えようと思うのか、それとも、どうせ変えられないとあきらめるのか。私はやっぱり変えたいと思う。自分はどうせ無力だとあきらめてしまいたくないからだ。そして同じように世界に疑問を感じ、変えようとしている人たちと語り合い、一緒に活動することはたまらなく「面白い」からだ。
時々、20代、30代、40代なのに、まったく政治などについて無関心な人がいる。そんな人と会うと、驚くと同時に、不安じゃないのかとつくづく思う。自分が生きているこの社会について知らないことは、私にとってはとてつもなく怖いことだからだ。》
●この本は、「14歳の世渡り術」となっています。「右」も「左」も、それこそ分け隔てせず、雨宮さんご自身の体験から語っているこの本はとてもいいので、ぜひ読んでもらいたいものだと思いますがー。
私はあらためて、自分の仕事は、「私自身の価値観を押し付ける」ことではなく、「自分の頭で考える」子どもたちを育てることだと強く思いました。
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