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毎年いろいろな方がお亡くなりになります。著名な方であれば寂しくも思います。そんな中、近年こんなに亡くなられて残念でたまらず、また寂しく思ってしまう方はいませんでした。
私が筑紫さんと一番親しんでいた?のは20代、彼が『朝日ジャーナル』の編集長をしていた時期でしょうか。「新人類の旗手たち」で「これからの時代を担う人材」?の方々と対談をしていました。私は毎回楽しみにしていました。
そこで対談された方々で今思い出すのは、北野武、小沢一郎、奥谷禮子、等の方々です。音楽家もいっぱいいたはずですが、思い出せるのはおのお三方なのは、現在も「現役バリバリ」だからなのでしょうかー。
その後私は‘PEACE BOAT’に乗船しましたが、筑紫さんが「水先案内人」として乗ることに大きな魅力を感じていました。そのような方は多かったことでしょう。
「ニュース23」のキャスターになられてからは、夜中の番組なのでよく観ていたわけではありませんでしたが、「金曜深夜便」だけはさまざまなアーティストが出て歌を歌ったりしていたので、なるべく観るようにしていました。
「金曜深夜便」に登場された方で特に覚えているのは‘ソウルフラワーモノノケサミット’で、阪神淡路大震災がきっかけとなって生まれた「満月の夕べ」です。
阪神淡路大震災に関しては、「ニュース23」でその後も毎年1月17日前後には特集を組み、そこで暮らす人たちからの声を届けてくれていました。私も震災時に仲間とともに現地へ駆けつけたこともあり、その後の歩みには特に関心を持っていましたから、テレビに釘付けになって観ていました。
震災が起こった95年の年末に札幌にUターンし、とあるきっかけで「神戸応援団北海道」が生まれ、私はその後もしばらく1月17日には現地を思う方々と札幌で集っていましたが、一度筑紫さんをお招きしての講演をすることがありました。
他にも何かの機会に筑紫さんと会うことが会ったと思いますが、本当に気さくに「一般市民」の方々と話をされる方でした。
「ニュース23」で楽しみだったのは、オープニングテーマ曲でした。今は違うようですが、さまざまなアーティストに楽曲を依頼し、それをオープニングとエンディングでずっと流している時期が長くありました。
最初は井上陽水の「最後のニュース」。語り降ろし調?の斬新なこの曲を聞いた時は驚きましたし、その味わい深さに心打たれました。
いろんないい曲があったと思いますが、今思い出せるのは、坂本龍一と新井英一です。新井英一は金曜深夜便から火がついたんでしたっけ?そこのところは忘れてしまいましたが、「ニュース23」で取り上げて以来、「清河(チョンハー)への道」はブレイクしていきました。私も武蔵野公会堂へ観に行った記憶があります。
昨日の「ニュース23」は筑紫さんの追悼をしていましたが、そこに出演されていた方々も、あらゆるジャンルを分け隔てなく紹介しようという筑紫さんの姿勢、および、本当に興味の範囲が広く文化的素養の身についているジャーナリストとしての筑紫さんのことを語っていました。
今思うと私もずっと筑紫さんに憧れ、このような謙虚で奥の深い人間になりたいという気持ちがあったことに書いていて気づきました。
鳥越俊太郎さんが、本当に残念でならないという無念の声を上げていましたが、筑紫さんのようなジャーナリストは今現在見当たらないし、今後も出て来ないであろうという気持ちが画面から伝わってきました。
アメリカの次期大統領がオバマ氏に決まった今、筑紫さんはいったいどんなことを考えているだろうか、「多事争論」を聞きたかった・・・。
「らくだ教育」にも理解を示され、2000年の教育特集では平井雷太さんをキャスターに抜擢するかたちで自由の森学園での子どもたちとの討論会を行い、平井さんの本の帯には推薦の言葉を述べられていました。
本当に、ご冥福をお祈りいたします。私もいつか同じ場へ行くでしょうから、そのときはまた含蓄のあるお話を聞かせてくださいね。さようなら。
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